――夢。夢は嫌いだ。
大抵のものが記憶に残らない、頭の片隅に置いていかれる、粗末な産物。
思い通りにもならなければ、きちんとした感覚が残っているわけでもない。
しかし時として夢は、不思議な何かを伝える。とても大切で、儚い何かを。
何だろう。何処からか、声が聞こえてくる。俺のことを呼んでいるようだ。
とても懐かしい気がするのは、何故なんだろうか。此処は何処なんだろう。
今はいつなんだろう。誰の声で、何を言っているのか。何ひとつわからない。
でも確かに、聞いたことのある声だ。遠い昔、埋もれてしまった記憶の中で。
不意に目が覚めた。カーテンの隙間から淡い日差しがもれていて、既に部屋は明るくなっている。微かに頭をあげ、ベッドの脇に置かれている時計を見る。その時計は6時20分を示していた。いつも起きる時間より、30分ほど早い。それでも、もう1度寝ようという気にはならなかった。
仕方なく身体を起こし、カーテンを開けた。起きて間もない目には、強いくらいの日差しだ。俺は思わず目を細めた。しばらく日差しを浴びた後、思い出して時計の目覚ましを止めた。
今日は4月7日、高校2年生として初めての登校日。即ち、始業式。正直、うんざりだった。学校は好きではないが、無駄な文句を言う気にはならない。そんなことを言っても、始まらない。それならば、嫌々ながらも日常の流れに逆らわず、平穏であることを喜んだ方がマシというものだ。…って、俺は何をひとりで考えているんだろう。まぁ、そういうわけで、春休みも終止符。
俺は眠り足りない目を擦りながら、ドアを開け、洗面所で顔を洗ってからリビングへ行った。
リビングに行ってみると、既に母が起きており、台所で朝食の支度をしているところだった。その母が振り向き、少し驚いた声で言った。
「あら、今日は早いのね」
「あぁ、なんか目が覚めちゃってさ」
俺は欠伸をしながら椅子に座った。何のことはない、ただ今日という1日が始まっただけだ。
母がテーブルに、おにぎりと味噌汁を置いた。俺は黙ってそれを食べ、もう1度洗面所に行く。一応身嗜みだ。歯を磨き、髪を整える。それが終わると自分の部屋に戻り、制服に着がえる。鞄を手に取り、自分の部屋を出て、玄関へ行く。母に見送られ、俺はいつものように家を出る。もうこんなことを、何度繰り返してきたのだろうか。今日もその中の、1回でしかないのだ。
俺は自転車をこぎながら、左腕の時計に目を落とす。いつもに比べて、かなり余裕があった。たまには早めに学校に行くのも良いか。その時の俺は、その程度にしか考えていなかった。
運命なんて信じちゃいないけど、もし存在するなら――信じてもいいかもしれないと思った。何故なら、出来すぎた偶然に遭遇したからだ。まさか、こんな形で彼女に再会するなんて――