記憶を旅して 〜trip to the memories〜

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〜最終話 いつか終わる夢〜


 長い長い夢を見ていたような気がする。しかしどんな夢を見ていたのかよく覚えていない。夜道のような闇の中で、何処からか声が聞こえる。その声は何度も俺の名前を呼んでいる。誰が呼んでいるのだろう?
 でも確かに何処かで聞いたことのある声だ。とても懐かしいような、心地良い気持ちになるのは何故だろう。不意に俺は思い出した。そうだ、それは俺の愛しい人の声だ――だがその人はまだ眠っている。

 不意に目が覚めた。いつしか眠っていたらしい。白い病室は夕日の光でオレンジ色に染まっていた。
「深也…起きた?」
 起きかけの重い頭を左手で支え、閉じそうな目を右手で擦っていると、突然声が降ってきた。俺は驚いて顔を上げた。他のことは何も考えられなくなるほど、頭が真っ白にスパークした。
 そこにはちゃんと目を覚まし、俺に微笑みかけている望がいた。俺は無意識に立ち上がっていた。
「…お帰り、望」
 俺は望の艶のある長い黒髪に手を伸ばした。視界がぼやけてきた。勝手に涙が溢れてきて、堪えることが出来なかった。夢の中で真っ暗な道を彷徨っていた俺のことを、望はずっと呼んでくれていたんだな。
「うん…ただいま、深也」
 望は噛み締めるようにそれだけ言った。俺は望を優しく抱き締めた。余計な言葉なんていらないんだ。
 それから1週間後、望は病院を退院した。驚くべき回復力だと医師は言っていたという。いくつかの検査の結果、望の身体に異常は見当たらなかったらしい。懸念されていた後遺症も発見されなかった。
 きっと世の中には愛する人を失ってしまった人が数多くいる。だが俺は愛する人を失わずに済んだ。それだけで感謝して生きていかなければならない。そして俺はこれからは奇跡を信じようと心に誓った。

 明後日からは3年生となり、早くも学校が始まってしまうわけだが、望と一緒なら俺は頑張れる。
 退院祝いに、今日は望と一緒に出かけることになっている。行き先は特に決めてないけど、望と一緒なら何処でも良かった。俺はまだ無理しない方が良いと言ったのだが、望がどうしてもと言うので、あまり強く制止するのは躊躇われた。やむなく望の希望を受け入れることになったわけである。
 俺は向かいの望のマンションのエントランスまで迎えに行き、望が出てくるのを待つことにした。望を待つ間、俺はある出来事を思い出していた。望が退院する前日、つまり一昨日のことだ。俺は望に失われた記憶を取り戻したことについて話した。勿論望は驚いていたが、その後はずっと苦笑していた。
 恐らく望自身も上手く説明出来ない心境なのだろう。気持ちはよく分かった。俺だってそうだ。
「そっか…思い出したんだね。これって、喜んでも良いのかな?」
 俺が全てを話し終えると、それまで俯き加減で聞いていた望が顔を上げてそんな風に言った。
「あぁ。望にだけ辛い思いをさせてごめんな。これからは全部一緒に乗り越えて行こう」
「うん…ありがとう。あのね、私が眠ってる間、深也が励ましてくれてた気がするの」
 少し首を傾げるようにして、望が見つめてきた。俺は望の傍にいることしか出来なかったからな。
「早く目覚めてって、深也の声が聞こえたんだよ。私、もう深也がいないとダメになっちゃいそう」
 そう言って望は抱きついてきた。俺は心臓の鼓動の高鳴りを抑えて、望を抱き締め返した。

「お待たせ。深也、何考えてたの?」
 いきなり後ろから肩を叩かれ、俺は飛び上がった。振り向くと不思議そうな表情をした望が立っている。
「いや、別に…」
 俺は目を逸らして苦し紛れにそう言った。一昨日の抱擁シーンを思い出していたなんて言えない。
「あ、怪しいっ。何か変なこと考えてたんでしょ? 顔が赤いもん」
 妙なところに勘が鋭い。訝しげに俺を見上げる望の視線に耐えられなくなり、結局白状した。
「一昨日のことを思い出してたんだよ」
 俺はぶっきらぼうに言った。それだけで望には何のことか分かったらしい。今度は望が頬を赤くした。
「…ね、深也。私のこと好き?」
 望が聞いてきた。俺はその質問に絶句したが、望の真摯な瞳の前にはどうしたって敵いっこない。
「当たり前だろ。俺は望が好きだ。世界中の誰よりも」
「うん…私も深也が好き。世界で一番大好きだよ。ふふ、行こうっ」
 何秒か見つめ合った後、望は照れ隠しのつもりなのか、俺の腕を取ってさっさと歩き始めた――


 〜HAPPY ENDING〜


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