恋と恐怖は突然に
〜最終話 薬の副作用〜
「さ〜て。明日は遂に待ちに待ったデートの日だっ。何処行こっかなー♪」
あれから既に二週間の月日が流れていた。天中にとっては夢のような二週間だったのは言うまでもなく、楽しい日々は瞬く間に過ぎていった。
二週間前、憧れの神崎癒梨子は友達伝いに天中の携帯電話の番号を教えてもらい、思い切って掛けてみたのだと言う。自分でも驚いたらしい。彼女自身、何故急にこのような気持ちになったのかわからない、と漏らしていたが、天中は心の中で惚れ薬の効果を思い知らされていた。
最初は半信半疑であったことは否めない天中も、この効果には心から驚き、手塚博士に対して感謝と尊敬の念を改めて抱かずにはいられなかった。
惚れ薬の効果に間違いはないと確信し、着々と自信をつけていった天中は、大学で会って話をすることも普通になり、日に日に親しくなった。
そして一昨日、天中は神崎に告白した。言葉自体はありきたりなものだったが、彼女はあっさり受け入れてくれた。これも惚れ薬の効果だろう。
それだけではない。街を歩いていても八割の女性が自分を見入るようになったり、驚いた表情のまま振り返ったり、そんなことが多くなっていた。
当たり前だ、自分には惚れ薬がついている。失敗するわけが無いさ――天中がそんな風に思っていたことを、当然彼女は知る由もない。
そして現在、天中は頬が緩むのをとめられなかった。心が躍り、足取りが軽い。興奮した様子で、あれこれとデートの様子を心に思い描く。
ところが、明日初めてのデートを控える天中だったが、一つだけ懸案事項があった。それは今日で惚れ薬の効果が切れてしまうということだ。
つまりこれからもう一度、手塚博士の研究所に行って薬の効果を話し、あの薬を貰わねばならない。それ自体は別に面倒でもなんでもない。
しかし二粒などとケチらず、あるだけ貰いたい――天中はそう思った。最後にはあの惚れ薬を独り占め出来る手塚博士が恨めしくなった。
あの博士、試作品などと言って、実は第三者に渡したくないだけだろう。ちょっとくらい痛い目にあわせても罰は当たるまい。
一度そのように考えると、それを行動に移したくてたまらなくなってくる。ほんの衝動と言うものだ。軽い気持ちでやったって良いだろう。
そんな事を考えながら、天中は二週間前と同じように支度をし、電車に乗って手塚博士の研究所に向かった。前回と違うのは手持ちの鞄の中に三メートル程の長さのロープを小さく折り畳んで忍ばせているということだけだ。
まだ昼時の終わったばかりの午後。土曜日ということもあって、空の雲も穏やかに動いている。予定時刻に天中は手塚博士の研究所に到着した。
手塚博士は快く前回と同じ部屋に通してくれた。始めに惚れ薬の絶大な効果と、感謝の気持ちを改めて述べた。この気持ちに偽りはない。
そのまま二人はかれこれ十五分程話を続けた。此処で二人の会話が途切れた。空気が微妙に変化したのだ。切り出したのは天中の方だった。
「それで、あの惚れ薬の効果が証明されたわけですし、是非とももう一度譲っていただきたいのですが」
「いや、私も薬の効果が証明されたことは嬉しいし、貴方の協力にも感謝しています。しかしもう終わりですよ。まだまだ試作品なのでね」
天中が頼むと、手塚博士は再びやんわりと“試作品”という理由でそれを拒んだ。今回のその言葉は天中の衝動を増幅させるだけだった。
また試作品か…いい加減聞き飽きたな。こっちがこんなに頼んでるってのに、いい気になりやがって。やはり一度痛い目にあわせるしかない――
手塚博士の言葉を聞き、天中は眉間に皺を寄せて俯いた。その様子を見て、手塚博士は気まずそうに腰掛けていた椅子から腰を上げた。
「では、そういうことで。お金はいただきませんよ、こちらも貴方に協力していただいたわけですから…」
手塚博士が背を向けた瞬間、天中は傍らに置かれた手持ちの鞄から素早くロープを取り出すと、やにわに博士の背中に飛びついた。
「あっ…な、何をするんだっ。や、止めろ…貴様、私にこんなことをして、ただで済むと思っているのかっ」
手塚博士は叫び声を上げて必死に抵抗したが、後ろから不意を付かれたため、最後には結局天中に縛り上げられてしまった。
「俺は今を楽しめれば良いのさ。大体あんた、惚れ薬を独り占めして自分だけモテようと思ってたんだろう? セコい真似はやめなよ」
天中は博士の言葉を気にも止めない様子で、静かに言った。彼の能面のような無表情な顔つきに、手塚博士は頬を強張らせて押し黙った。
「俺を実験台にしたのは間違いだったな。ちょっとは思い知った方が良い。なに、別に乱暴したいわけじゃない。惚れ薬を頂戴していくだけさ」
天中はそのように言い放ち、手足を縛られ不自由になった手塚博士に近付いた。博士の着ている白衣の内ポケットから、一つの瓶を取り出す。
その中には先日、天中が渡された惚れ薬と同じ桃色の錠剤が五十粒くらい入っていた。それを電灯にかざし、じっくりと眺めた天中は満足気に片方の頬を緩めると、ゆっくりと自分の持ってきた鞄に入れた。
その間、手塚博士は天中のことをずっと睨み続けていたが、抵抗する様子は見せなかった。どうやら暴れたところで無駄だと判断したようだ。
「これだけあれば、一年近くはもつだろう。じゃあ、あばよ」
天中は博士を横目に見ながら、唇の端に奇妙な薄笑いを浮かべた。手塚博士を放置し、彼はそのまま研究所を出て行った。手塚博士はあまりの悔しさに顔を歪め、怒りにふるえていることだろう…と、思われた。
が、なんと手塚博士は笑っていたのだ。そのうち、おかしくてたまらないと言うように高笑いを始め、室内に博士の笑い声が木霊した。
傍から見れば、怒りと悔しさで気が狂ってしまったのかと思われるかもしれない。一頻り笑い終えると、手塚博士は独り言を呟いた。
「馬鹿な奴だ、人の話を聞かないからこういうことになる。あの薬は一粒飲むごとに、モテるようになる代わりに寿命が一年縮むんだ」
そうだった。現在の手塚博士が開発した惚れ薬は、一粒飲むごとに絶大な効果を発揮しモテるようになる代わりに、副作用が伴うのだ。
それは一粒飲むと寿命が一年縮むと言うものだった。そのためその惚れ薬はまだ試作品と呼べる。少なくとも手塚博士はそう考えていた。
これからそれらの点を調整し、副作用が伴わず、かつ適度にモテるようになる…という完璧な惚れ薬に改良しようとしていたところなのだ。
そうとも知らず、奴は巧みに盗んで行ってしまった。五十粒も服用すれば、それこそ警察に届け出る以前に、もうこの世にはいないだろう――
Copyright 2008 太徳望 All rights reserved.