恋と恐怖は突然に
〜第2話 念願の瞬間
「――と、いうわけなんです。私にはどうしても博士の開発した惚れ薬が必要なんです」
此処は惚れ薬を開発した手塚修博士の研究所の一室。小三十分程前から、天中はこうして手塚博士に惚れ薬の必要性を訴えているというわけだ。
「そう仰ってくる方は多いんです。ひとりひとりに事情があるのは十分承知しておりますが、あれはまだ渡せるような段階ではないんですよ」
縋るように頼み込む天中とは逆に、手塚博士は淡々とした口調で言う。
「そこをなんとかお願いできないでしょうか。お金だってちゃんと払いますし、私にできることでしたら何でもさせていただきますから…」
「いや、そういうことではなく、開発に成功したと言ってもまだ試作に成功したというだけで、実用にはまだ時間がかかるんです」
「試作段階でも良いんです。なんなら、私が実験台になりましょう。結果はきちんとご報告に参ります。どうか、お願いします…」
「うーむ…まぁダメと言っても貴方は何度でも訪れるでしょうね。お気持ちはわかります、私もそういう気持ちでこの薬を開発したわけですから」
天中の必死の説得の甲斐あってか、手塚博士もようやく骨が折れた。
「わかりました。では実用化に協力していただくとともに、貴方の願いを叶えて差し上げましょう。まず私の説明を聞いていただきます」
「ありがとうございますっ」
天中は何度も頭を下げながら感謝の言葉を述べた後、静かに手塚博士から幾つかの説明を聞いた。
手塚博士の説明を簡潔に言うとこうである。この試作惚れ薬は一粒、水と一緒に飲む。この時、惚れさせたい相手を頭で想像すれば良い。
そうすると一時間後には、想像した人が自分を好きになっているということだった。ただし一粒につき効果は一週間しか持続しない。
博士は徐に懐から瓶を取り出し、蓋を開けて桃色の小さな錠剤を二粒、天中に手渡した。つまり、二粒で効果は二週間分ということになる。
とりあえず今のところはお金は受け取らない、二週間後にもう一度来てください。その時に効果の報告をしてもらい、お金を受け取ります――博士にそのように言われた天中は、軽やかな足取りで研究所を後にした。
自宅に帰ってきた天中は早速、水と一緒にその惚れ薬の一粒を飲み込んだ。もちろん、憧れの神崎癒梨子のことを頭の中に描きながら。
「これで一時間後以降二週間、俺は癒梨子さんの気持ちを独占できるんだ。こんなに素晴らしいことはない。今日から俺の人生はバラ色だ」
なんだか本当に自分が格好よくなったかのような錯覚が彼の心に広がっていた。彼の心は無意識に独り言を呟くほど浮き足立っていた。
そしてちょうど一時間後――彼の携帯に一本の電話がかかってきた。胸を高鳴らせて電話に出ると、聞き覚えのある声が電話口から聞こえてきた。
「もしもし…天中さんですか? 神崎と申します。突然すみません」
その声は紛れもなくあの神崎癒梨子のものだった。低くも高くもないが、凛としたはっきりとした口調。ずっと聞いていてもたぶん飽きない声。
彼の心臓は早鐘を打ち始めていた。初めての状況に有頂天になり、やや上擦った口調になりながらも、威勢よくその電話に答えた――
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