「――で、その後は? いくら奥手な君でもさすがにキスくらいはしたのかい?」
「なっ……おわ、あっぶねっ!」
司馬の余計なチャチャのせいで、危うく赤信号を見落として直進するところだったぜ……。
「お前、俺と一緒に死にたいのか?」
前を見たまま、首を動かさずに聞いた。隣で司馬が大袈裟に肩を竦める気配がした。
「それは勘弁して欲しいけど、俺は夢原の運転に一定の信頼を寄せてるよ」
ちっ。相変わらず回りくどさの中に、誉め言葉を散りばめてくる奴だ。この口調に初音さんが引っ掛かってしまったのだとしたら、今すぐその幻想を覚まさせて差し上げなくてはならん。
「そんなこと言っていいのかい? 運転に付き合ってくれと言ったのは夢原の方だけどな」
くっ……確かに言った。だがそれはそれだ。まぁどっかでじっくり話そうじゃないか。
大学生活最初の夏休みも徐々に終わりつつある、九月の上旬。四月最終週のGW前半から教習所に通い始めて、およそ四ヶ月。三日前に免許センターにて最後の学科試験を一発でパスした俺は晴れて免許を取得、ようやく初心者ドライバーとしてデビューを飾ったばかりである。
司馬はおろか五十嵐や桜木の野郎にまで後れを取ってしまったが、これでノープロブレムだ。
が、しかし初心者は初心者なわけで、それ相応の妥協と謙虚さは必要だろう。とりあえず今日のところは司馬に同乗してもらい、運転に慣れようという思惑が俺にはあった。
そんなわけで司馬を呼び出したまではいいが、うっかり先日の花火大会の件について口を滑らせてしまったが最後、ドライバーデビューを果たし気分が良かったことも手伝って、俺は司馬の饒舌な口調に乗せられ、まんまと色々なことを喋らされてしまったというのが事の顛末だ。
まったく、誘導尋問が得意なら刑事か検事にでもなれってんだ――そんなことを考えながら、愛車をファミリーレストランの駐車場に入れた。ちょうど昼時だ、何か食おう。
店内に入った後、窓際の禁煙席を確保し、パラパラとメニューを選別する。俺は冷やし中華とオレンジジュース、司馬はサンドイッチセットとアイスコーヒーを注文した。
「で、その後は? いくら奥手な君でも――」
まだ新人っぽい女性店員の後ろ姿を眺めていた司馬は、俺を振り返ったかと思えば再びそんなことを言い始めたので、俺は手のひらを突き出してその言葉を遮った。
「100%下心がないなんて言えないけどな。真面目な話、望に対してはそういう気になれないっていうかさ。幼馴染としての期間が長かった分、どこかで躊躇しちゃうんだよ。もちろんあいつのことは好きだ。本当に好きだからこそ、おいそれと手が出せるもんじゃないし、そうであっちゃいけないと思う」
司馬は俺の話を聞いて意外そうな顔で瞬きを繰り返した後、大袈裟にため息を吐いた。
「君って奴は…知ってはいたけど、今時類を見ないくらい純真で責任感が強いな。それは夢原の長所だろうと思うけど、一方で短所でもあるんじゃないか?」
「どういう意味だよ」
司馬はコップの水に手を伸ばし、わざと時間をかけるように口に含んでから言った。
「彼女の気持ちさ。春崎さんは夢原のことを随分前から好きだったんじゃないか。俺は彼女のことをそこまで知ってるわけじゃないけど、君に対する好意は生半可なものじゃない。しかもその気持ちが成就して、もう一年半だろう? いくら春崎さんだって、痺れを切らしてると思うけどな」
司馬は一息にそれだけ喋り、椅子にもたれ掛かった。
「……他人の心理分析が得意なら、精神科医か心理学者にでもなれってんだ」
俺はわざとそっぽを向いて、そう言い放つしかなかった。司馬に全てを見透かされているようで、何となく落ち着かなかった。本当のところ望はそういうことを、ひょっとしたらそれ以上のことを望んでいるのだろうか? 俺は望の気持ちを全然理解していないのだろうか?
「まぁ、二人の関係だから俺が首を突っ込むことでもないんだけど。そんなに難しく考えることはないさ。春崎さんも夢原も、自分の気持ちに正直になるだけでいいんじゃないかな」
俺の真面目な話に影響されたのか、珍しいことにいつになく神妙な顔で話していた司馬は全てを言い終えると、不意にいつもの如才ない笑みを取り戻した。
癪に障るが、ちょっと安心した。こいつは本当に俺たちのことをよく見てくれているんだなって。
「サンドイッチとアイスコーヒーでお待ちのお客様っ」
さっきの店員さんがトレイを片手に声をかけてきた。心なしか少し緊張しているように見えた。
「はい。おっ、美味しそうですね」
司馬は小さく手を挙げると、目の前に置かれたトレイを見て、そんな風に感想を述べた。
「あっ、ありがとうございますっ。ごゆっくりどうぞ」
すると店員さんは緊張が解れたのか、ホッとしたようにそう言って戻って行った。やっぱり新人さんだったのかな。サンドイッチを頬張り舌鼓を打つ司馬に視線を戻して思った。
あぁ、初音さんはこいつのこういうところに惚れたんだろうな、って――