メモリアルリミット 〜Limit of memories〜

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〜第23章 Doubly blessed〜


「――初音さんの音楽コンクールのバックに? 九条さんがですか?」
 思わず缶コーヒーを取りこぼしそうになりながら、俺はそのように聞き返した。
「そうなの。ついでに祐一も。司馬君にどうしてもって頼まれちゃって、断れなくって」
 参ったなぁ、などと呟いている割に、九条さんは屈託のない笑顔を浮かべている。
「でも凄いですねっ。九条さんも桜木君も楽器得意なんですか?」
 驚きを隠そうともせず、俺の隣で望が無邪気に感心した声を出した。
「小さい時にピアノは習ってたわ。でも最近は全然弾いてないし、自信ないんだけどね。祐一は中学からずっとドラムだけは続けてるみたい。試験前でも関係なし。ドラムバカなのよ、あいつ」
 桜木の野郎はともかく、確かに九条さんはいかにもピアノって感じがするな。いや、ほら。上流階級の美人なお嬢さんは何となくピアノを習ってるイメージがあるじゃないか。俺だけか?
 ちなみに俺はからっきしである。小学校の時はよく音楽の授業でリコーダーを吹かされたもんだが、楽譜を覚える気にはさらさらならなかった。音楽を聴くのは好きだが、カラオケで歌うとなぜかオンチの烙印を押される羽目になる。俺は毎回機械の採点に異議を申し立てているんだがな。

 時は十月の初旬である。夏本番の如き晩夏が過ぎ去り、燦々と太陽の放射熱を受け入れていた日本列島もようやく心地のよい風を靡かせるようになっていた。温暖化の影響をひしひしと肌で感じつつ、母なる大地の行く末を心配していたのだが、今年も無事に衣替えシーズンが到来したようだ。
 できればこのままちょうどいい秋が少しでも長居してくれることを祈りつつ、後期が始まってまだ一ヶ月にも満たないが早くも冬休みを待ち侘びつつ、そうなるとさっさと秋が過ぎてくれないと冬休みなんぞ来ないわけで、このパラドックス的願望を矛盾なく解決する手はないか考え、秋休みをつくればいいじゃないかと閃いたものの、文科省がゆとり教育の是正に乗り出している現状では望み薄である。
 そんな風にどうでもいいことを一頻り考えていたら二限目の授業終了を知らせる鐘が鳴り、同時に空腹を知らせる腹の鐘もなり始め、俺は入学以来望と校内で待ち合わせる時は定番となっている噴水前のベンチにいそいそと向かった。すると望と一緒に九条さんもいて、三人で食堂に行くことになり、俺は両手に花の如き状況に感涙を覚えた後、夜道には気をつけようと誓いを新たにした次第である。
 食堂の混雑はいつものことで、九条さんに席取りをお願いして望と二人で三人分の食事を調達し、やっとこさ胃袋を満たして一息ついたところで先ほどの会話になったわけだ。

 九条さんの話によると、初音さんの音楽専門学校では毎年十一月、つまり来月半ばに学祭代わりの音楽祭が行われているようで、そのコンクールもどきの祭りで優秀な成績を収めた生徒は将来的に音楽活動におけるプロデビューへの道が開かれる、ちょっとした登竜門になっているそうだ。
 もちろん初音さんは参加することになっているらしいが、単独参加とはいかないようで、歌における楽器演奏諸々も全て自分たちで行わねばならず、その話を耳にした彼氏であるところの司馬が旧知の仲である九条さんと桜木の野郎に助太刀を依頼した、というのが話の全容である。
 幸いにも音楽祭は日曜に行われるそうで、九条さんも桜木も大学の授業と被るようなことはなく、参加は吝かではないようなのだが、いかんせん本番まで一ヶ月ちょっとだ。メインはボーカルの初音さんとはいえ、バックの演奏も重要な構成要素であり、練習時間を鑑みると若干心許無い――というのが九条さんの個人的な意見であるようだ。九条さんの技量なら全く心配ないと思うのだが。
 で、話を聞いたからにはせっかくなので俺と望も顔を出そうという方向で一致した。もちろん参加する側ではなく、あくまで観衆側だ。初音さんの歌唱力は今更疑いようがなく、九条さんのピアノの腕前も気になる。サークルに入っていない身では、自分の大学の学祭よりよっぽど楽しみだ。
 そういや俺たちの大学の学祭も来月上旬に迫っており、校内掲示板はそれぞれのサークルによる自作ポスターが目立つようになってきて、一部の生徒たちの間では活気と言えるような雰囲気が日に日に高まりつつあるようにも思えるが、まぁどっちにしても俺には関係のないことだった。
 望と九条さんの談笑を耳にしつつコーヒーを飲んでいる日常が、俺には大事なんでね――


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