メモリアルリミット 〜Limit of memories〜

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〜第31章 Invitation by Mai(1/2)〜


 九条さん主催の祝賀会第二弾が催されたのは、五十嵐から電話が掛かってきた日からちょうど一週間後の二月半ばだった。シベリア寒気団の連中はまだまだ衰えを知らず、我らが日本列島を広くテリトリーとしており、その勢いは合肥の戦いにおける張遼にも引けを取らないんじゃないかね。
 ところで、一年前の祝賀会の趣旨はめでたく大学受験を終え卒業と進学が決まったお祝いで、では今回のそれはいったい何を祝うためのものなのかというと、それは無事に今年度の学業が修了したからということ以外に特段理由はなく、その開催意義の大半は九条さんの意向によるものだ。
 とは言え、異議を申し立てるような奴は俺たちの中には皆無だからオールオッケーである。一つだけ口を挟む余地があるとすれば、今回の祝賀会の開催場所が九条さんのご自宅であるという点だ。俺はてっきり前回と同じく司馬の親父さんが経営するカフェでやるもんだとばかり思っていた。
 まぁ考えてみればあの時は経営を始めて間もない頃だ。貸切にするのも容易だったかもしれないが、さすがに今は経営も軌道に乗っているはずで、俺たち学生が私事で遊び半分に貸切にしてもらうのは少々厳しいか。息子とは大違いで朗らかな桜木の親父さんなら取り計らってくれそうだが。

 というわけでその日の朝、俺は望を連れ立って最寄駅前から電車に乗り、二駅先で有楽町線に乗り換えて永田町まで行き、さらに南北線に乗り換え、五つ目の駅で下車し出口へ向かう。
 九条さんによると此処に迎えに来てくださるらしいのだが――と、辺りを見回していると、
「失礼ですが、夢原様と春崎様でございますか?」
 立派な髭を蓄えた、いかにも品のいい中老くらいの紳士が声をかけてきた。突然のことにおっかなびっくりになりながらもどうにか頷くと、その紳士は慇懃に一礼してからこう告げた。
「麻衣お嬢様からお話を伺っております。お車の用意がございますので、どうぞこちらへ」
 俺たちの驚愕顔をよそに、その紳士は微笑を浮かべて車に案内してくれた。
 車、なんだよな。このやけに長い車は。これ、俗に言うリムジンって奴か?
 ドアを開けて待ってくれている紳士に一礼して中に入ると、車内とは思えないほど広々とした空間と豪華な内装に度肝を抜いた。黒革のシートと対になるように白いカーテンが窓を被っており、中央にはガラス製の小さなテーブルが鎮座している。俺の車がいかにショボいかが一目で分かる。
 俺たちが言葉を失っていると、中にいた先客が先に声をかけてきた。
「やあ。夢原、春崎さん、久しぶり。会うのは音楽祭以来だな」
 司馬が片手を挙げていた。今日も光沢のあるグレーのジャケットが様になっている。隣に座る初音さんも会釈をくれた。音楽祭での立派な姿が嘘だったかのように落ち着かなそうだ。
 向かいの席には黒のコーデュロイ姿で相変わらず仏頂面のまま静止している桜木と、この寒いのに白のカーディガン姿で野に咲く花のような笑みをたたえた九条さんがいらっしゃる。
「夢原君、望ちゃん、おはようっ」
 はぁ、おはようございます。てかおはようじゃないですよ、九条さん。何です、これは。
「うん? あぁ、あの人はうちで執事をやってくれてるの」
 九条さんはあっけらかんとしている。執事って。いや、それもありますが、そうじゃなくて。
「あ、この車? 別に大したことないよ。燃費も悪いし、運転はしにくいし。まるで祐一みたい」
 いや、そういう問題じゃない。つーか九条さん、貴女実はとんでもないお嬢様だったんじゃないですか。薄々そうじゃないかとは思ってましたが、まさか此処までのレベルだったとは。
「おい、麻衣。それはどういう意味だ」
 カーテン越しに窓の外を見るともなしに眺めていた桜木が、九条さんを振り返る。
「言葉通りの意味よ。融通の利かない誰かさんにそっくりってこと」
 九条さんの淀みない口調に、桜木は苦虫を噛み潰したような顔をして再び窓に目を向けた。

「おい。夢原、こっちこっち」
 二人の会話に苦笑していると、後部座席――という呼び方がこの車にも当てはまるのか分からんが、後部には無駄にテンションの高い五十嵐と、珍しく畏まった五月が腰掛けていた。
 俺が赤いカーペット――今気付いた。車に絨毯だぞ、おい――を踏みしめて近付いていくと、
「九条さんって社長令嬢か何かなのか? 何悪いことしたらこんな車買えんだよ?」
 と、興奮したように五十嵐が喋った。口角沫を飛ばすな。俺が知るか。日頃の行いがいいからこれだけの財産がついてくるんだろ。てか声がでかい。九条さんに聞こえるだろ。
「あたしは落ち着かないわね。身の丈に合わな過ぎて、却って申し訳ない感じよ」
 真面目な顔で肩を竦める五月に同感だ。確かにやりすぎだな。身分不相応にも程がある。しかしこの二人、この様子だとどうやら無事に仲直りしたらしい。俺がそれを指摘すると、
「べ、別に許してあげたわけじゃないわよっ。何よその顔はっ」
 五十嵐が口を開く前に、慌てたように五月が捲くし立てた。声、裏返ってるぞ。
「いや、別に。ただちょっとお前らが羨ましいなって思っただけさ」
 思わず笑っちまったわけだが、他意はない。純粋に憧憬の念を抱いただけさ――


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