五十嵐&五月コンビの向かいに腰を落ち着けた俺と望だったが、九条さんのリムジンに同乗させていただいた時間は十五分もなかった。こんな高級車に乗るような機会はそうそうないだろうから、欲を言わせてもらえるならもうちょいゆっくりセレブ気分に浸っていたかったかな。
外の風景は拓けた駅前から閑静な住宅街に変わっていた。とは言ってもただの住宅街ではない。その辺の事情に疎い俺ですら見抜けるほどの大きな邸宅がそこかしこに建ち並んでいる。その中でも一際目を引く西洋風の洋館のような白い建物の前で、リムジンが静かに停車した。
紳士な執事さんがドアを開けに来てくれるより早く、九条さんが颯爽と車を降りる。慣れた様子でそれに続く桜木や司馬と一緒に俺たちも車を降りて、改めて白い邸宅を見上げた。
「すげぇ豪邸だなぁ」
五十嵐が感嘆口調で呟いたのも無理はない。俺も唖然とした。咄嗟に言葉が出てこない。これがアメリカのホワイトハウスだ、と言って紹介したら十人に一人は引っ掛かりそうだ。
「さぁ、どうぞ皆上がって。もう準備は整ってるはずだからっ」
招待してくださった九条さんが一番はしゃいでいるように見える。理由は皆目見当もつかないが、ともかく九条さんに導かれて鉄製の門扉を潜り、だだっ広い玄関で靴を脱ぎ――薄汚れた我がスニーカーが別の意味で目立っていた――長い廊下を歩いた先にある大広間に通された。此処が一般家庭におけるリビングとはとても思えない。ホテルのエントランスの間違いだろ。
「まるでどっかのホテルみたいだな」
再び五十嵐が呟いた。こいつと同じ思考回路だと思うと我ながら情けない。
しかしこの邸宅はいったいおいくらなんだろうか。聞いてみたい気もするが、知りたくないような気もする。きっと俺が一生掛かっても払えないような驚くべき額に違いない。
三十畳くらいありそうな部屋の中央には大きな円形テーブルが鎮座しており、白いテーブルクロスの上には見た目からして美味しくないはずがない料理が既に用意されていた。
「お昼にはまだ早いかな。ま、とりあえず乾杯しましょっ」
左腕の時計に目を走らせて一瞬思案顔を見せた九条さんは、すぐに一等星級の笑顔に戻ってそのように言った。自ら率先して俺たち一人一人にグラスを手渡してくださる。
「はい、夢原君。ワイングラスだけど、お酒は用意してないわよ。ジュースオンリー」
悪戯っぽい笑みを浮かべてはにかむ九条さんがひたすら麗しい。
もちろん分かってますよ。真昼間から未成年者が酒を口にして良いわけがないからな。
「それじゃあ、今年度の学業修めを祝して乾杯。皆今日は楽しんで行ってねっ」
九条さんの号令により、祝賀会第二弾は本日午前十一時、正式に開催の運びとなった――
それからしばらくは各々談笑に時間を費やしていたわけだが、三十分も経つ頃には高級そうな料理を前にしてもう腹が減ってきたのか、五十嵐が早くも小皿に料理を取り分け始めた。ビュッフェ形式の立食スタイルだから食事は自由なのだが、あいつは花より団子を地で行くタイプだな。
司馬はさっきの執事さんを捕まえて何やら食材や調理法について質問しており、執事さんの説明に頻りに感心している。一方の五月は先日出席できなかった音楽コンクールについて初音さんから話を聞いていて、俺と一緒に客席で聴き入っていた望がその時の臨場感を熱心に伝えている。
「夢原君、ジュースのおかわりはいかが?」
俺の空のグラスを見て、九条さんが声をかけてきた。主催者としての気配りだろうか。
「ありがとうございます。いただきます」
俺は恐縮しつつもグラスを手渡し、今朝も意外に思っていたことを口にした。
「しかし九条さんのご自宅に招待していただけるとは思いませんでしたよ。俺はてっきり前回と同じカフェでやるもんだとばかり」
すると九条さんにしては珍しく、少し考えるような間を空けてから言った。
「んー、祐一のお父さんはそれでもいいよって言ってくださってたんだけど、手を煩わせちゃうことになるし、あたしが権限を行使したみたいでちょっと嫌だなって思ったの」
やっぱり桜木の親父さんは肯定的だったんですか。それにしても権限とは?
「実質的な経営は親父がやってるが、あの店のオーナーはあくまで麻衣だ」
俺が眉を寄せているのを目敏く発見したからか、桜木が徐に口を開いた。
いや、ちょっと待ってくれ。九条さんがオーナーだって? どうしてそうなるんだ。
「えっと、司馬君から何か聞いてない?」
ジュースで満たされたグラスを俺に返しながら、苦笑気味に九条さんが言う。
確か司馬は――元々知人の老夫婦が経営していた、とか何とか言ってました。
「あぁ、それあたしの祖父母なの」
えっ。俺は思わずジュースを取りこぼしそうになり、慌てて手の位置を戻した。
「年老いて経営が困難になってきたから、祖父母と昔から親交のあった祐一のお父さんに経営をお願いすることにしたんだけど、祐一のお父さん、オーナーは麻衣さんにお願いしますって……本当にあたしなんかでいいのかなって思ったんだけど、押し切られちゃった」
悪戯が見つかったやんちゃ娘のように、九条さんは舌を出した。
そ、そうだったんですか。そんな裏話があったなんて全く知りませんでした。てか司馬の奴、知ってたんならきちんと説明しろよな。知人の老夫婦なんて曖昧な言い方しやがって。
「あ、皆さん。よかったら一緒に写真を撮りませんか? 私、カメラを持ってきたんです」
俺が心の中で司馬に悪態をついていると、初音さんがそんな風に声をかけてきた。一緒に談笑していた五月や望は頷いてるし、司馬はいつもの表情を浮かべて俺に笑いかけてきた。
「いいわね、せっかくだしっ。祐一もいいわね?」
一つ素性の明らかになった九条さんが快活に応じた。何気に桜木には有無を言わさぬ口調である。当の桜木は一つため息をついた。五十嵐も持っていた皿をテーブルに置いている。
「ほら、深也も早くっ」
急かさなくても逃げやしない。俺は望の手招きに応じて、皆の方へ踏み出した――