メモリアルリミット 〜Limit of memories〜

Back Novels Next


〜第36章 Start of accident〜


 新年度がスタートして二週間が過ぎた。約二ヶ月に及ぶ長い春休みは終わり、大学生活二度目の春が訪れている。出会いと別れの季節だから、というわけでもないのだが、春になるとどうも毎年感傷的な気分に陥る。新入生の輝かしい表情を一年前の自分と重ねてしまうからだろうか。
 桜が見頃を迎えていた先週辺りまでは、サークルの新歓らしき団体が挙って木々に群がり歓声を上げていたが、それも大分落ち着いてきたようだ。とは言え、学内の多目的スペースや最寄駅までの遊歩道には、未だにサークル勧誘に熱心な上級生が頑張っておられる姿も散見できた。
 実を言うと俺も二回ほど声をかけられた。童顔で背が低いからって一年と間違えないで欲しい。二年だから入部できないなんてことはないが、新入生と一緒に入るとか気まずさマッハだ。
 まぁそんなわけで、新年度オリエンテーションだの身体測定だの履修登録だの諸々のイベントをこなし、四月も半ばに入って、ようやく二年に進級したんだな、という実感がわいてきた。
 何かが劇的に変わったとか、そういうことはこれと言ってないが、大学に関して漠然としたイメージしかなく、手探り状態だった昨年に比べれば勝手の分かってる今年は色々と気が楽だ。
 例えば一年次は必修科目が多いため、時間割にある程度の制限がかけられていたが、無事に履修していれば今年度は昨年から持ち上がりの語学が一時間だけだ。そのおかげで――

「深也っ。ごめんね、待たせちゃったかな?」
 こうして、望と同じ講義を取りやすくなった。学内の待ち合わせ場所としてすっかり定着した例の広場のベンチで、噴水を見るともなく眺めていた俺はおもむろに立ち上がり、こう言った。
「いや。こっちの講義が早く終わっただけだよ」
「そう? じゃあ、お昼行こっか」
 俺は一つ返事で頷いた。さすがに校内で手を繋ぐようなことはないが、相好を崩す望の顔を見ているだけで大いに心が安らぐ。先月山下公園で感じたことが夢だったのかと思えるほどに。
 歩くたびに跳ねるセミロングの黒髪がテンションを表しているようだ。少なくとも俺の目にはいつもの元気な望に思えた。望の後ろ姿を見ながら、第二校舎の地下にある食堂に移動する。
「あら? 望ちゃん、夢原君っ」
 席の空き具合を確認しようと食堂内を見回していると、どこからか涼やかな声がかかった。
「ここよ、ここっ」
 左奥、四人掛けのテーブル席から大きく手を振っている九条さんと、ついでに桜木がいた。相変わらず対照的なオーラを持った二人である。まぁ俺たちも人のことは言えないんだけど。

「事前に打ち合わせしないで食堂で一緒になるのは初めてよね」
 ペットボトルの紅茶を飲みながら九条さんが言う。そんな動作すらなぜか優雅に見える。
「そうですね。時間割が被らないと、なかなか一緒になりませんし」
 俺は日替わりハンバーグ定食を頬張りつつ、そのように返す。やっぱり女の子と一緒に食べる飯は美味いな。これでこいつさえいなければ両手に花だったのに――と思って桜木を見た。
 一見いつもの気だるそうな桜木だが、その目は俺の隣に座っている望に向けられていた。
 何だ、どういうつもりで望に目を付けていやがる?
 が、俺はすぐに異変に気付いた。望の様子がおかしい。目の前のきつねうどんを見つめているようにも見えるが、完全に上の空だった。右手に持った割り箸はぴくりとも動いていない。
 さっきまでの笑顔はどこにもなかった。何かを深く思案しているような雰囲気だった。
「……望ちゃん、大丈夫? 具合悪いの?」
 九条さんも気付いたようだ。いつも笑顔を絶やさない彼女も目が険しくなっていた。
「望? おい、どうした?」
「あっ……その、ちょっと最近寝不足で。面白い本があって、それにハマちゃってて」
 俺の呼びかけにようやく反応した。望の口から出てきたのは、そんな取って付けたような言葉だった。視線を避けるように目を伏せている。食堂に来てから明らかに口数が減っていた。
「そう。あんまり無理しちゃダメよ? 寝不足は肌にも良くないから」
 九条さんはにこやかな笑顔に戻り、深く詮索することなくそう言った。九条さんなりに気を遣ってくれたんだと思う。代わりに俺に何かを伝えるようにアイコンタクトを送ってきた。
 分かってます。望を支えてやれるのは俺、なんですよね。俺がしっかりしないと――


Back Novels Next