「――で、テスト前の忙しい日曜日にわざわざ呼び出すほどの用事ってのは何だい」
俺の目の前には苦笑気味ながらも、いつもの微笑みを崩さない司馬が座っている。
「最後に会ったのは確か、九条さん主催の第二回祝賀会の時だったよな。ということは四ヶ月ぶりの再会じゃないか。それなのにお前ってやつは、つれない言い方をするじゃないか」
「こう見えてもそれなりに忙しい身なんだ。テスト前だってこともあるけど、ゼミのプレゼンの準備もあるし、司法試験の勉強にも手をつけ始めたし、週末には未来にも会いたいしね」
司馬はグラスについた水滴を指で弾く。そういやお前は弁護士志望だったな。ご苦労なことだ。
「そんなわけで手短に頼むよ。できれば三十秒ぐらいで説明願いたいね」
ご冗談を。笑えない冗談ほどタチの悪いものはないぞ。
「じゃあ三十文字以内で」
突っ込む気力をなくして口を閉じると、司馬のやつは何が面白いのか破顔して言った。
「夢原はからかい甲斐があるよ。いや、失敬。出不精の夢原がこちらの最寄り駅前に遠征してまで相談したいって言うから驚いた。しかも日曜に直接会って話したいなんてよっぽどだ」
相変わらず勘だけはいいようだな。だが真面目な人間をからかうなんて悪趣味だぞ。
「悪かったよ。夢原は唯一無二の友人だ。少しくらい忙しくたって君が困っているなら、もちろん手を貸すことは吝かではないよ。それで、話とは? 愉快な話題ではなさそうだけど」
俺は手元のグラスを引き寄せ、アイスコーヒーで口を湿らせてから訥々と話を始めた。
俺が司馬に相談を持ちかけるほどの懸案、それは望のことだった。
九条さんに発破を掛けられた俺は望が抱える悩みを解決するため、その口実として久しぶりにデートに誘った。それが先月末の日曜日、二週間ほど前のことである。望と出掛けるのはGW以来、実に一ヶ月以上ぶりのことだったので、俺も些か浮き足立っていたのかもしれない。
いつものように車を回し、俺は気分転換を兼ねてドライブがてら海ほたるに行ってみることを車内で提案し、望は快く賛同の意を示した。ナビに従って千葉方面からアクアラインを横断するルートで移動し、海ほたるで一頻り景色を楽しみ、昼食を取り、和やかに帰路に着いた。
はずだったのだが――そこで悶着が起きてしまった。穏やかに窓の外の景色を眺める望を横目に、今なら望も悩みを話してくれるんじゃないか、と淡い期待感を抱いた俺は前を向いたままハンドルを握り直し、出来るだけ何気ない風を装って、最近何かあったのか、と切り出した。
しかし望は幾分目を伏せ、何でもないとか、大したことじゃないなどと口篭もるだけで、答えらしい答えを遣してはくれなかった。それでも俺には望の悩みを聞く責任と資格がある、手を貸してやれるのは俺だけだと思った。その時、どうしても望に悩みを打ち明けて欲しかった。
「深也に私の何が分かるの……知ったようなこと言わないでっ」
責めるつもりは毛頭なかったが、俺にも話せないことか、とつい詰問するような口調になってしまったのが拙かったんだろう。鋭い視線を送ってきた望はいつになく厳しい声で言った。
見たことのない望の剣幕に一瞬たじろぎながら、それでも俺は望に回答を求めた。
「恋人だからって何でも話せるわけないじゃないっ。ほっといてよっ」
初めてみる望の激昂に、俺は口を開く気力を失った。どうやら触れてはいけないものに自ら足を引っ掛けてしまったのは確からしい。それきり望は一言も口を利いてくれなくなった――
「――なるほど。春崎さんがそこまで感情を露わにするなんて、かなりレアケースだな」
テーブルの上で組んでいた手を解き、肩を竦めながら司馬は言った。
「冷静な分析どうも。だが俺がお前に求めているのは状況の打開、いわば解決策だ」
「それは難しいね。春崎さんと付き合いの長い夢原を差し置いて、俺が言えることはない」
司馬は真剣な声音でかぶりを振る。やっぱり自分で何とかするしかないか、と諦めかけ、
「ただ、先週未来が春崎さんにメールを送ったらしいんだけど、返信がないって心配してたんだ。その原因はこれではっきりした。春崎さんは夢原と喧嘩中で余裕がなかったんだな」
と、司馬は早口に言い終え、合点がいったように一人頷いた。
……本当にそうだろうか。いくら俺と喧嘩してたとは言え、それと全く関係のない初音さんへのメールを怠るほど望は感情的ではないと思う。それに初音さんがメールを送ったのが先週なら、喧嘩から一週間は経ってる。さすがに望も冷静さを取り戻してるんじゃないだろうか。
「まぁ桜木も九条さんも心配してるみたいだったし、出来る限り早急に謝るのが賢明なんじゃないかな。夢原と春崎さんが喧嘩だなんて、俺も心中穏やかではいられないからね」
黙考する俺をどう見たのか、司馬は取り成すようにそんなことを言った。謝ってみたところで、多分根本的な解決にはならないだろう。俺は天を仰ぎ、深いため息を吐いた――