メモリアルリミット 〜Limit of memories〜

Back Novels Next


〜第45章 Everlasting love〜


 望の意識が戻らないまま三日が過ぎた。もうすぐ九月に入るが、全然真夏の暑さは衰えていないとか、俺の夏休みもあと半月だとか、そんなことは今の俺にはどうでもよかった。
 ただ、望の笑顔が見たかった。俺の願いはいつだって、それだけだったのに。
 俺はあの後、突然意識を失った望を抱えて急斜面を滑り降りると、車に飛び乗って一目散に病院に引き返した。たぶん百キロ近く出ていたと思うがよく覚えてない。駐車場に入れる時間も惜しんだ俺は病院前玄関に車を止めると、再び望を抱えて病室がある三階へ急いだ。
 血相を変えた俺と意識のない望を見た看護師がすぐに担当医師を呼んでくれた。俺から簡単に経緯を聞いた担当医師は安心させるように頷き、大丈夫だと励ましてくれた。看護師にいくつかの指示を飛ばした医師は望を検査室に運び込み、俺は望のお母さんに連絡を入れた。
 集中治療室で緊急オペという事態にならなかったのは幸いだった。手術にならなかったこと、医師の様子は非常に落ち着いていたことから、そこまで急を要する事態ではなかったのかもしれない。少なくとも医師はこうした事態が起きることをある程度予想していたのだろう。
 しかし望の意識はまだ戻っていない。俺には医学的知識がないから何も安心できない。俺が記憶を取り戻してほしくて無理強いしたばっかりに、望は眠り姫になってしまった――

 ろくに寝付けないまま今日も朝が来た。俺はオレンジジュースを一杯飲むと、すぐに家を出た。望のことが気になって頭から離れなかった。見慣れた道を飛ばして病院に向かう。
 一階の外来を除き、入院患者が集まる病棟の人気は疎らだった。早朝というほど早いわけではないが、朝の九時過ぎではまだ見舞い客もほとんど来ていないのかもしれない。
 三〇一号室の前で立ち止まり、慎重にノックした。返事はない。まだ眠っているらしい。俺は出来るだけ音を立てないように部屋に入ると、静かにパイプ椅子に腰を下ろした。
 望の寝顔は安らかだったが、点滴を始め様々な機器が物々しい印象を感じさせる。
 もしこのまま望の意識が戻らなかったら、俺の責任だ。俺が無理強いさせなければ、少なくとも望は意識を失うことはなかった。一からやり直す道を選んでいればよかったのか?
 ――起こる可能性があるから、奇跡なんだよ。
 不意に二年半前に望が口にした言葉が甦る。事故の後、望が覚醒するまで俺はその言葉を信じていた。俺は誓ったんだ。俺には奇跡は起こせないけど、ずっと望の傍にいるって。
 望、一からやり直す道でもいい。幼馴染で彼女だった望と思い出を共有できないのはつらいけど、すぐには記憶を取り戻せなくたっていいよ。だから、とにかく目を開けてくれ。
 望、俺はお前が本当に好きだから。お前の笑顔が、見たい――

 予感めいたものがあったわけではなかった。いつしか目を閉じて考えていたようだ。
 目を開けて望の顔を見た途端、俺は息を呑んだ。
「……二年半前と同じだね」
 望が目を開けて微笑んでいた。そう、二年半前と同じシチュエーションそのままに。
「あぁ……おかえり、望」
 俺は思わず立ち上がり、望の頬に手を伸ばす。柔らかい肌は温もりが溢れていた。
「うん……ただいま、深也」
 望が目を細めて呟いた。ずっと聞きたかった。ずっと呼んでほしかった、俺の名前。
「具合は、大丈夫なのか?」
「ん……まだ少し頭が重いけど、大丈夫」
 俺の問い掛けに望は苦笑いを浮かべながら答え、左手を軸にして上体を起こした。
「そっか、よかった。本当に」
「あのね、深也。実は、その。深也にお願いが、あるんだけど……」
 ホッと胸を撫で下ろす俺に、望は何か言いたそうに口ごもる。心なしか頬が赤い。
 躊躇いがあるのか、なかなか口を開かない望がいじらしくて、無意識に顔が綻んだ。
「それなら、俺の方から言わせてくれないか」
 小首を傾げて見上げてくる望に、俺ははっきり言った。男から言うべきだと思った。
「俺さ、望が記憶を失くしてから、一つだけ後悔したことがあるんだ。……目、閉じてくれないか」
「……私も、同じこと考えてた」
 望は恥ずかしそうに目を泳がせたが、もう一度俺と目を合わせると、その瞳を閉じた。
 俺は望の圧倒的可愛さに狼狽を抑えきれなかったが、小さく深呼吸して覚悟を決める。
 望の肩に手を置いて、そっとキスをした。この愛が永遠の記憶となることを祈って――


Back Novels Next