メモリアルリミット 〜Limit of memories〜

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〜第44章 Blackout〜 【望side3】


 翌日。夕刻にはまだもう少し時間がある午後四時半頃、彼が私を迎えに来た。
 そう。彼の真剣な眼差しに根負けして、今日は二人で外出することになっていた。
「本当に大丈夫だね?」
 挨拶もそこそこに、問い掛けてくる彼の声には緊張感が滲み出ている。
「夢原さんが来てほしいって言ったんですよ」
「そうだった。それじゃあ、行こうか」
 ふざけて咎める私に、彼はふっと唇を緩めて言った。少しは緊張、解せたかな?
 彼に手伝ってもらいながら、私はそっと病院を出た。院外の庭をお散歩することはあったけど、それを除けばほぼ一ヶ月ぶりの外出だった。太陽の光ってこんなに眩しかったっけ。
 彼が用意してくれた車が動き出すと、私は珍しく気分が高揚していることに気が付いた。
「今日はどこに連れて行ってくれるんですか?」
 意味もなく何度もシートベルトを確認しながら聞いてみる。
「そんなに遠くない。二十分もあれば着くよ」
 彼は前を見たまま答えた。彼がどうしても来てほしい場所とはどこだろう。
 出発が思っていたより遅かったから、確かにそんなに遠出ではないのかな。
「でもせっかくだから、少し遠回りして行こうかな」
 赤信号で停止し、彼はやっとこちらに目を向けた。あどけない笑顔だなって思った。

 口にした通り少し遠回りしたのか、彼が車を止めたのは午後五時頃だった。
 此処は隣駅の近くだろうか。県内有数のレジャー施設が遠くで揺れている。陽炎だ。
「路上駐車になっちゃうけど、今日だけ許してくれ」
 大分暮れかけてきた太陽に彼は目を細めて言った。
「私に言ってるんですか? 許すも何も、そんなことで怒りませんよ」
 私ってそんなに融通が利かないように見えるのかな。そんなことないのに。
「望のお墨付きなら安心だ。目的の場所はこの土手の先なんだ」
 一瞬おどけた彼はすぐに真面目な顔に戻り、歩道の先の土手を指差した。
「坂が少し急だから気をつけて。手を貸そう」
 確かに彼の言うように、その土手は見るからに急だった。私は素直に差し出された彼の手を握った。何度も振り返り、引っ張ってくれる彼に助けられ、どうにか頂上に辿り着く。
 そこに広がっていた景色を見て、私は思わず息を呑んだ。
 眼下に広大な海が広がっていた。一面の青い海に橙色の太陽が反射して輝いている。
「綺麗……」
「一年半前に来た時にも同じこと言ってた」
 私がもらした呟きに、彼は自嘲するように笑みを浮かべた。
「どういう、ことですか?」
「そのままの意味だよ。もう気付いてると思うけど、このストラップ」
 私の戸惑いに、彼は毅然とした態度を崩さず、ポケットから携帯電話を取り出した。
「望とお揃いのこのストラップは一年半前に此処に来た時、二人で買ったんだ」
 それは私の携帯にも付いている、透明なイルカのストラップ。まさか、とは思った。一週間前に偶然そのストラップを見た時、彼の話に出てくる幼馴染は私なんじゃないかって。
「病室で俺は色々な話をした。あれは全部、俺たちで作ってきた大事な思い出なんだ」
 おかしいとは思った。初めて会った日、彼がどうしてあんなに悲しそうだったのか、どうしてあんなに動揺していたのか。どうして毎日訪ねてくれるのか、すごく不思議だった。
「望の高次脳機能障害は……二年半前の交通事故の後遺症なんだ。俺をかばってトラックに引かれたあの時の事故の。忘れていたわけじゃない。ただ、その後の検査で異常は見つからなかったし、それから毎日望といられるのが楽しくて、それで……全部、俺のせいだ」
 よく見ると、握り込んだ彼の拳は震えていた。彼の話が本当なら、全部辻褄が合う。

 考えないようにしていた。ずっと目を逸らし続けてきた。思い出してもどうせ忘れてしまう。これ以上つらい思いをするくらいなら、いっそ全部忘れられたらいいのにって思った。
 私は間違ってたんだ。周りの人たちの方が、もっともっとつらいんだよね。
「でも、このまま諦めるなんて絶対嫌だ。望と過ごした日々を思い出になんかさせない」
 そこで一度言葉を切り、彼は静かに深呼吸してから言った。
「望、好きだ。世界中の誰よりも、お前が好きなんだ。だから、思い出してくれ」
 彼の言葉に胸が熱くなる。でも頭は浮遊してるみたいに、どこか遠くに感じる。
 彼は私に一歩近付くと、どこからか一枚の写真を取り出し、私の手を取って握らせた。
「半年前、九条さんの家で祝賀会をやった時に撮った写真だ」
 彼から皆でパーティーをしたと聞いた。そこには初めて見る人たちと私が写っている。
 ふと違和感を覚える。よく見ると、写真の中の私の指には、今つけているものと同じシルバーのリングがはめられていた。どうして私がこの人たちと? どうして、この指輪を――
「司馬も五十嵐も桜木も、五月も初音さんも九条さんも、皆が望のことを待ってる」
 ――違う。私は知ってる。皆、私の知ってる人たちだ。それに私の隣には、彼が――
「望? どうした、望?」
 写真の中の私の隣には、彼が……深也が、写って――
「……っ!!」
 その時、私は激しい頭痛に襲われた。割れるような鋭い痛みに息が出来なくなる。
 続けて酷い眩暈が襲ってきた。視界は靄がかかったみたいにはっきりしなくなる。
「おい、望っ!? どうしたんだ、しっかりしろ、おいっ!」
 取り乱した彼の声を遠くに聞きながら、私の視界は暗転し、意識が途切れた――


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