メモリアルリミット 〜Side memories〜

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〜第6章 退院おめでとう〜【司馬side】


 季節もようやく秋めいて、少しずつ過ごしやすくなっていた。春崎さんが予定通り退院した、という夢原からの報告メールがあったのは、九月も半ばを過ぎた頃だった。
 そこには未来がお見舞いに行ったということや、俺が未来にお見舞いに行くことを止めていたことに関する夢原の考え方、そして俺たちに対する感謝の言葉が表れていた。
 高次脳性機能障害により、春崎さんの記憶が一時欠落したことを夢原から聞いていたのは俺だけだった。桜木と九条さんには、春崎さんの記憶障害の件は伏せて説明した。
 恐ろしく勘の良い九条さんは察したかもしれないが、ともかく他の皆に春崎さんの記憶障害の事情を説明することは、無用な心配をかけるだけだと判断したからだった。
 それでも、まさか未来が一人でお見舞いに行くなんて思ってもいなかったが、未来は未来なりに二人のことを気にかけていて、自分に出来ることを探していたんだと思う。
 いずれにしても、夢原と春崎さんは困難を乗り越えた。心底良かったと思ってる。
 俺としては本来なら春崎さんの退院を祝って、三度目のパーティーでも開いてあげるに吝かではなかったが、大人数で押しかけるわけにもいかないし、退院したばかりの春崎さんの体調を考慮すると、結局今回は見送ることが妥当だろうという結論に至った。
 その代わり、友人一同を代表し、俺一人で夢原と春崎さんを訪ねることになった。それが春崎さんの退院から三日目の今日だった。俺は愛車で春崎さんの自宅に向かった。

 春崎さんの住むマンションには来客用の駐車場がないと聞いていたので、近くにある公園の駐車場に車を止めた。二分ほど歩き、エレベーターに乗って春崎さんの部屋へ。
 呼び鈴を鳴らし、春崎さんが出てくるのを待った。分かっていても、女の子の家に上がらせてもらうのは緊張する。実は未来の家に上がったことも数えるほどしかない。
「よう、来たか。顔を合わせるのは久しぶりだな」
「なんだ、夢原か」
 ドアを開けて顔を出したのは夢原だった。何というか、意味もなく拍子抜けした。
「なんだよ。何か言いたげだな。彼女の家なんだから俺が出てもいいだろう?」
「別に悪くはないけどさ。夢原がいることは打ち合わせ通りだし」
 ただ、出てくるのはさすがに春崎さんだと考えるのが普通じゃないか。まあ、玄関でそんなどうでもいいことを言い争うのもみっともないから、言わないでおくけど。
「まあ、上がってくれよ。望も部屋で待ってるから」
 夢原にそう言われても全く嬉しくなかったけど、お邪魔させてもらうことにした。
 小さな観葉植物の置かれた玄関を抜け、廊下の突き当りが春崎さんの部屋らしい。
「あ、司馬君。わざわざ来てくれて、ありがとう」
 夢原に続いて部屋に入ると、春崎さんが出迎えてくれた。室内は白を基調としたファンシーな部屋だった。隅々まで手の行き届いた、春崎さんらしい部屋だと感じた。
 あまりジロジロ見るのも失礼なので、俺は出してもらった座布団に腰を下ろした。

「春崎さん、退院おめでとう。友人一同を代表して、心からお祝いを申し上げるよ」
「司馬君、本当にありがとね」
 相変わらず堅苦しいやつ、などとこぼす夢原を、俺と春崎さんは無視して応じた。
「実は退院祝いのプレゼントを皆から預かって来たんだ」
 そう言って、俺は両手に抱えてきた大きな紙袋から一つずつプレゼントを取り出す。
「まず、これは未来から。未来オリジナルの応援歌らしいんだ。是非聴いてあげて」
 俺は未来から預かった、ライトブルーのUSBメモリーを春崎さんに手渡した。
「うわあ、絶対聴くよ! ありがとう」
「初音さんの新曲か。確かに興味あるな、あとで俺にも聴かせてくれ」
 嬉しそうにはにかむ春崎さんの横で、夢原もまじまじとそのUSBメモリーを見ていた。
「で、これが五月から。図書カード五千円分だそうだ」
「うわあ、佳織ありがとう。何の本を買おうかなぁ」
 五月はこんなのしか思い付かなかったって言ってたけど、俺は実用的でいいと思う。
「こっちは五十嵐からだ。いちごをモチーフにしたご当地ゆるキャラ……らしいよ」
「…………」
 春崎さんは恐る恐るという感じで手を伸ばして受け取った。夢原もそのぬいぐるみを凝視したまま言葉を失っている。まあ……ちょっとグロテスクだなと、俺も思う。

「えっと、これは九条さんから。百花屋のいちごジャム詰め合わせだそうだ」
「うわあ! これすごく美味しいけど、すごく高いんだよ。ありがとうっ」
 瓶詰めのため少し重い。慎重に春崎さんに手渡す。春崎さんは目を輝かせて言った。
「詰め合わせって、これ全部いちごジャムじゃないのか?」
「もう〜。深也は全然分かってないよ。これは普通のいちごジャム、こっちは木苺のジャム、これは桃みたいな味がするいちごを使った、ももいちごジャムなんだよ」
 見る目のない夢原に、さすがいちご好きの春崎さん、丁寧に一つずつ説明していた。
「で、これは桜木から。バラの花束二十本だってさ」
「ありがとう、すごく綺麗っ。あとで花瓶、探さなきゃ」
 紅白で彩られたバラの花束を受け取り、春崎さんはバラの花を見ながら顔を綻ばせた。
「……相変わらずキザなやつ」
 夢原だけが憮然としていた。
「最後にこれは俺から。此処に二人の思い出を飾って欲しい」
「司馬君もありがとっ。これ、写真立てだよね?」
 俺はプレゼント用リボンに包まれた、透明なガラスに縁取られた写真立てを手渡した。
「司馬、俺からも礼を言っとくよ。ありがとな。皆にもお礼言わなきゃな」
 夢原はいつになく精悍な表情でそう言ってきた。最後の言葉は春崎さんに向けられたもののようで、春崎さんはうん、と元気よく頷いた後、嬉しそうに目尻を拭った。
 どういたしまして。というより、俺たちの方が二人にお礼を言わなきゃいけないんだ。
 夢原と春崎さんは、どんな困難でも乗り越えられることを俺たちに示してくれたんだ。強い絆があれば、奇跡は起こせるんだってことをさ。だから、ありがとう――。


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