九月に入ってから今日で五日目です。まだまだ暑い日が続きますが、時折秋の足音を感じられるくらいにはなってきました。私は秋が好きです。早く秋になって欲しいです。
秋と言えば読書の秋、食欲の秋、スポーツの秋と、色々なことが捗ることで知られていますが、私にとっては音楽の秋、ダンスの秋、ライブの秋です。え? 何か変ですか?
確かに私は季節を問わず音楽漬けの毎日です。しかし何と言っても、十一月には私の専門学校で毎年恒例の音楽フェスティバルが開催されるんです。去年は惜しくも優勝を逃してしまいましたから、今年は絶対に優勝したいと思っていますっ。えい、えい、おー!
今度は昨年来られなかった五月さんと五十嵐さんにも来てもらえたらいいな。もちろん夢原さんと春崎さんにも……あっ。そうです、望さんの退院が決まったそうです!
私、二年半前に望さんが事故に遭われた時も何もできなくて、今回こそお役に立ちたいと思っていたんですけれど、結局私には何もしてあげることができなくて……。
せめてお見舞いだけでも行って差し上げたかったんですが、啓介さんに
「今はそっとしておこう。これは夢原と春崎さんの問題なんだと思う。きっと二人が乗り越えなければならないことなんだ。俺たちに出来ることは見守ることだけだよ」
と、至極真面目に諭されてしまいましたので、ずっと我慢していたんです。
でも退院が決まったとのことですから、夢原さんと望さんは二人で苦難を乗り越えられたに違いありませんっ。それなら、もう私がお見舞いを躊躇う理由も存在しません。
というわけで私、今から早速望さんのお見舞いに行って参りますっ。
……道に迷ってしまいました。
この駅で降りるのは久しぶりです。高校の時以来でしょうか。あの頃は啓介さんとよく一緒に帰っていましたから、まだ一年半も経っていないのに、懐かしいものですね。
そんな懐かしい風景をしっかりと目に焼き付けながら、病院へ向かいました。望さんの入院されている病院は、駅から徒歩で十五分ほどかかるそうです。駅から病院行きのバスも出ているはずですが、普段使わないバスを使うというのは少し心細いものです。
私は啓介さんから耳にした病院を探して歩きました。方角は合っているはずですし、市内で一番大きな病院とのことなので、それなりに目立つ施設のはずなんですが……。
三十分ほど歩いても目的の建物は見えてきません。私はキョロキョロと辺りを見回しながら、一人途方に暮れかけていると、不意に目の前に一台の車が停車しました。
私が眉を顰めていると、助手席側の窓が開いて、奥にいる運転手さんが顔を出しました。何と、夢原さんでした。びっくりです。どれくらいびっくりかと言うと、啓介さんが本棚の奥から何かの薄い本をニヤつきながら取り出していた時くらいびっくりですっ。
「通りかかったら初音さんがいたから、びっくりしたよ。こんなところでどうしたの?」
夢原さんもびっくりしていました。私はかくかくしかじか、事情を説明します。
「そうだったんだ。実は俺も今から病院に行くところなんだ。乗って行きなよ」
夢原さんは腕を伸ばして助手席のドアを開けてくれました。是非お願いしますっ。
「まさかこんなところで会うなんてね。お見舞い、ありがとう。望も喜ぶと思う」
夢原さんは車を発進させ、前を向いたまま言いました。面と向かってお礼を言われると、何だか照れくさいですね。大したことはしていないのに、夢原さんは律儀な人です。
「初音さんと会うのは九条さん主催の祝賀会以来かな? てことは半年振りか」
「そうですね、もうそんなに経ちますか。本当に月日が経つのって早いですね」
「うん。そうだ、あの時初音さんがデジカメを持ってきたからって言ってくれて、皆で写真を撮ったよね。あの写真のおかげで、望も元に戻ったよ。本当にありがとう」
「いえ。私に出来ることは微々たるもので、残念に思っていたくらいです」
望さんの体調の回復に、写真が貢献するものでしょうか。よく分かりませんが、お役に立てたのならこれほど嬉しいことはありませんっ。私もお役に立てていたんですね。
「そういえば司馬はどうしてる? 最近会ってないけど、元気でやってるかな」
夢原さんは嬉しそう聞いてきます。きっと望さんの体調が回復されたからですね。
「ええ。本当はもっと早くお見舞いに来たかったんですが、二人の問題だからって啓介さんに止められていたんです。でも望さんの体調が良くなったと聞いて、私も嬉しくて」
「何だ、水臭いやつだな。そんなこと気にしなくても良かったのに。まあ……でも今回は確かに正解だったかも。来てもらっても、望と話せるか分からなかったからさ」
夢原さんは片手でハンドルを操作しながら、今はもう大丈夫だよ、と付け加えました。
「さて、着いたよ」
そんな風に話していると、あっという間に着いてしまいました。こんなに近かったとは。
夢原さんに案内していただき、駐車場を抜けて建物の中に入ります。望さんの病室は三階にあるそうです。病院の中も凄く広くて、一人だったら迷っていたかもしれません。
三〇五号室の前で夢原さんが扉をノックしました。表札代わりのプレートには確かに春崎望様と書かれています。程なくして中から声が聞こえてきました。望さんの声です。
「望、大丈夫か? 初音さんがお見舞いに来てくれたよ」
夢原さんがドアを開けながら言いました。夢原さんの肩越しに望さんのご様子を拝見しますと、ベッドとともに身体を起こして座っています。お元気そうで、安心しました。
「あ、深也に未来ちゃん。ありがとう、久しぶりだねっ。ほら、此処に座ってっ」
望さんはお花のような笑顔を見せ、傍らに置かれた椅子を勧めてくださいます。
「何をお持ちすればいいか迷ったんですが、良かったら食べてください」
私は遠慮なく座らせていただき、駅前で買ったお見舞い品を望さんに渡しました。
「うわあ、いちご〜! あまおうって凄く美味しいよね。ありがとうっ」
望さんは目を輝かせて喜んでくださいます。いちご好きとお聞きしていたとは言え、もう少し気の利いた物が良かったかと正直ちょっと不安だったので、ホッとしました。
「お、美味そうだな。どれ、早速ありがたくいただくとするか」
「そうだね。あ、冷蔵庫の中にお茶が入ってるから、深也取ってくれる?」
夢原さんがそう言いますと、望さんが冷蔵庫を指差して言います。お二人は本当に仲が良くて、きっと結婚してもいい夫婦になるんだろうなぁ、と思わず考えてしまいます。
本当に良かった、望さんが元気になって。私はお二人を見て、そう思ったのでした。