大観覧車の前に到着した。しかし俺は大観覧車に近付くにつれて、げんなりとした苦々しい気分を味わっていた。理由は極々単純で、大観覧車の前には見るからに人々が行列を成しており、その最後尾にはなんと「此処より先2時間待ち」という立て看板の文字が飛び込んでくるという有様だった。
「2時間待ちみたいだけど、良いの?」
俺は眉間の皺を隠し切れないまま、振り返って望に聞いた。まさかこの観覧車が此処まで人気スポットだったとは思ってもみなかった。人のことは言えないが、皆ミーハーなんだなぁ。
「私は平気だよ。深也と一緒だもん」
それでも嬉しそうな望の顔を見ていると、否定的な言葉は出せなくなった。
俺達は行列の最後尾に並び、小さい頃の話、そして4月から今までのことを振り返り、しばらくの間ぽつりぽつりと話をした。それ自体は楽しかったし、その間は待ち時間も忘れ、過去を懐かしむ余裕さえあった。
しかし1時間を過ぎた辺りから流石に話題もなくなり、疲労の色が濃くなってきた。それに今の季節を思い出してもらいたい。7月下旬、夏休みの真っ只中である。とにかく暑い、何たる灼熱か。
かき氷かアイスが無性に食べたくなったが、順番待ちの最中にこの場を離れることは出来ない。俺一人で買いに行くという手もあるが、この行列の中で再び望を見つけることが出来るのか不安だ。
座り込みたい衝動を抑え付け、俺は上着を脱ぎ、Tシャツの袖で額の汗を拭いながら、太陽光が弱まることを祈ってみた。無論弱まるわけもなく、太陽は元気に光という名の地獄を注いでいる。
最初は嬉々としていた望も、徐々に疲れが見え始めている。俺は望を気遣って声をかけた。
「望、大丈夫?」
「うん…やっぱり2時間は長いね。無理言ってごめんね」
そんな風に申し訳なさそうな顔をされると余計に困ってしまう。
「良いんだよ。俺はこんなのへっちゃらさっ」
まぁ嘘だけどな。望だって疲れているはずだ。俺が弱音を吐けるはずがなかった。
そんなこんなで、ようやく長い長い2時間が経過し、俺達が観覧車に乗り込める時がやってきた。慣用句ではなく本当に足が棒になりかけていたので、座れると言うだけでもかなり嬉しい。
だが紳士たる俺は自分だけさっさと座るようなことはしないのさ。望を先に座らせてから、俺は向かい側に座った。隣り合って座るのは…カップルだけだよな、きっと。
「わぁ、凄い…。人があんなに小さいよっ。景色も凄いっ」
俺達の乗ったゴンドラが徐々に高く上がって行くにつれ、望の声も大きくなっていった。子供のように窓ガラスに手をつけてはしゃいでいる。よっぽど嬉しいみたいだ。
確かにその景色は待ちに待った甲斐がある。特にオレンジ色に染まり始めた夕日が、高いビルの間に沈んでいく光景は感動すら覚えた。夜は煌めくネオンがもっと綺麗なのかもしれない。
俺は終始その光景に目を奪われ、しばし沈黙した。易々と口を開ける雰囲気ではなくなっていた。
望も景色に見惚れているのだろうか。そう思って望の方に目を向けると、さっきまでとは打って変わって俯いていた。その様子に俺は息を呑んだ。望の頬が赤く染まっている。夕日が原因ではないはずだ。
「あ、あのね…その、私…」
意を決したように顔を上げた望は俺に何かを言いかけたが、そこでまた途切れてしまった。
「…や、やっぱり、何でもない…」
「何だよ。言いかけたなら、言えば良いのに」
俺はそう言いながら、自分の頬が緩んでいることに気が付いた。自然に笑みが零れていた。
望は恥じるように窓の外に視線を送っているが、その目は泳いでいる。俺は望の言いたいことが、言おうとしたことが、おぼろげに分かった。いくら鈍感でも、それくらいは分かっているつもりだ。
「望。俺さ、望と再会出来て、本当に良かったと思ってる」
俺は夕日に背中を押されたような気がした。いや、そんな比喩は必要ないのかもしれない。
「深也…それは、私もだよ」
望はゆっくりと顔を上げ、俺の目を見てそう言った。望の静かな声がゴンドラ内に響く。
「うん。こんな頼りない幼馴染で悪いけど、これからもよろしく」
ただ、言っておきたいことがある。大切な幼馴染に。だから、俺は言葉を紡ぎ出した。
「うん…ありがとう、深也」
俺達は笑い合い、再び窓の外に視線を戻した。言葉にしなければ伝わらない。でもそれは必要最低限でいいんだと思う。俺は望と心の繋がりを感じられた。あとは口にしなくても伝わるものなんだと思う。
俺の錯覚でなければ、望の瞳は潤んでいた。だがその瞳から涙が零れることはなかった。
心地の良い時間が静かに過ぎていく。観覧車に乗っている十数分はとても短く感じた。夕日に照らし出された俺達のゴンドラは、いつの間にか地上に近付きつつあった――