遊園地に行ってから既に3週間近くが経過していた。つまり8月ももう半ばである。
この日、太陽光が降り注ぐ炎天下の中、俺は昼頃になって自転車で公民館に向かっていた。それは誰であろう、司馬に呼び出されたからに他ならない。何故このクソ暑いのに、のこのこ司馬の言う通りに家を出てきたかと言うと、司馬が連れて来た彼女――初音さんのことを詳しく話す、と言うからである。
一応、司馬が言うには「夏休みの宿題が捗っていないだろうから、一緒に宿題をしよう」とのことであり、そのついでに話したいのだ、というニュアンスが込められていたような気もする。
まぁ確かに司馬の予想は正解で、俺の夏休みの課題はまだ半分も終わっていなかった。
しかし暑い。公民館までは俺の家から自転車で20分かかる。バスを使うべきだったと後悔した。
公民館に着く頃には汗が次から次へと流れ、髪の毛の中とTシャツの中でべたついている汗の感覚が、実に気持ち悪かった。クソ、こんなところを待ち合わせ場所にしやがって。
館内に入ると、ようやく地獄から解放された。冷房が効いている場所は天国としか言いようがない。それから俺は迷わず図書室へと移動した。中央付近には大きなテーブルが置かれていて、そこで勉強が出来るスペースがある。司馬はいつもそこで勉強をしており、今日も見事にテーブルと一体化していた。
「よっす」
俺の気配を察知して顔を上げた司馬に、俺は片手を上げながら短く言った。
「やぁ、久しぶりだな」
司馬は小声で挨拶を返してきた。小声で話しているのは言うまでもなく、此処が図書室だからだ。
「外は暑かっただろう? 俺も喉が渇いてきたところなんだ。自販機に行こう」
俺が頷くより先に、司馬は手早くノートを鞄にしまって腰を上げた。
図書室を出て右を向くと、突き当たりに自販機があった。司馬はペットボトルのお茶を買った。
「夢原は? せっかくだから奢るよ」
「良いのか? じゃあお言葉に甘えて」
俺はポカリスエットを指差した。運動後のポカリは風呂上りのビールにすら匹敵するのだ。
司馬はポカリスエットを俺に手渡すと、少し辺りを見回した後、何も言わずに近くの椅子に腰を下ろした。それで俺も向かい側の席に座った。恐らく図書室では小声しか出せないから避けたのだろう。
「さて。遊園地は楽しんでもらえたかな」
「あぁ、それは勿論さ。楽しかったよ、ありがとな」
司馬はペットボトルの蓋を緩めながら、そう聞いてきた。
「皆あの日の夜に、律儀にメールをくれたよ。夢原は何の反応もないんだもんな」
「そうなのか。いや、悪い」
「別に夢原を責める気はないけどさ。楽しんでもらえたなら良かったし」
礼を忘れていたのは俺の責任だが、五十嵐までそんなに律儀だったとは見かけによらないな。
「何気に五十嵐も、二人きりになったら五月と楽しんでたみたいだよ」
ほほう、それは初耳だ。何だ、なかなか気になるじゃないか。
「べ、別にあんたといるのが楽しいんじゃなくて、遊園地が楽しいだけなんだからねっ、なんて言う五月は初めて見たって、五十嵐からメールが来たんだ」
司馬の台詞――いや、五月の台詞か。俺はそんな五月を想像し、不覚にもちょっと萌えた。まさか絶滅危惧種、いや2次元だけだと思っていたツンデレが、こんなに近くに存在していたとは。
「で、夢原はどうなんだ。春崎さんとは何処まで進展したんだ?」
俺は口に含んでいたポカリを吹き出しかけた。やべ、変なところに入った!
「ゲホッ、ゴホッ…いや、進展って…俺達は付き合ってるわけじゃないんだぞ」
「そうだったか? 抱擁くらいは交わしたと思ってたんだけどな。観覧車に乗ったんだろう?」
司馬が揶揄するような口調で言ってきた。この野郎、ポカリは餌付けだったのか?
「どうして知ってるのかって顔をしてるな。春崎さんの性格を考えると、観覧車に乗りたいって思いそうじゃないか。いかにも純情そうな春崎さんにはピッタリのアトラクションだし」
流石司馬である。当てずっぽうにしては出来すぎている。あっさりと望の好みを言い当てたところを鑑みるに、更に望の希望に俺が反対しないであろうことも見越しているに違いない。
俺だってあの日のことを回想しなかったわけではない。まだ記憶は鮮明に脳裏に焼き付いている。望が俺に好意的なのは勿論嬉しいし、あの時の望に女の子を感じたのも事実だった。
だが、それを見ていたかのように司馬に指摘されるのは癪だし、そもそも俺自身、自分の気持ちがいまいちよく分かっていない。望は大切な幼馴染、それが俺のスタンスだったからだ。
「お前の洞察力は賞賛してやってもいいが、残念ながら俺と望は普通に観覧車を満喫しただけだ。お前みたいに付き合ってるわけじゃないからな。そうだ、それよりお前は初音さんとどうなんだよ」
俺はこの状況を打破すべく、司馬に本題を突きつけることにした。これを聞かなければ、今日汗だくになって此処に来た意味がない。すると司馬は少し怯んだものの、すぐに口を開いた。
「うん、そうだ。それを話すために来てもらったんだからな。潔く話すことにするよ」
焦らすためではないだろうが、司馬はお茶を一口飲んでから話し始めた。
「彼女のことはこの4月まで、全く知らなかった。きっかけは4月の半ばにあったんだ」