記憶を旅して 〜trip to the memories〜

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〜第15話 芽生えた動揺〜


 取り立てて不満があるわけではないのだが、満喫したとまでは言えない夏季休暇が終わった。結局、学校側から課された夏休みの宿題は、8月30日の夜までかかった。我ながら情けない。毎年7月中に終わらせてやろうとは思うものの、なかなか量が多いし…というのは言い訳だよなぁ。
 しかし9月1日が月曜日と言うのは、一体誰の陰謀なのだろうか。文句を言ってやりたい。誰に発すれば良いのかは俺にもわからない。しいて言うなら、いつになく涼しい顔をしている司馬か。
 聞けば司馬は、宿題は8月の初旬頃には終わらせ、初音さんとの時間を満喫していたらしい。ということは俺を公民館に誘った時には、もう宿題は終わっていたのか。全くいい気なものだ。
 さて。今が何の時間かと言えば、それは体育館で始業式、しかも校長の話の真っ最中である。生徒がひしめき、まるで蒸し風呂のような茹だる暑さの中、毎度お馴染の聞きたくもない長話だ。壇上で延々と話す背の低い校長も、少しは空気を読んでくれれば良いのに、と腹の中で毒づく。
 一通り毒づくともうすることがなく、俺は8月の半ば、司馬との会話のことを思い出していた。

 司馬の話をまとめると、つまりこうだ。4月中旬頃の放課後、司馬は初音さんと初めて話をした。初音さんが委員会の仕事で困っていたところを、司馬が偶然見つけて、手伝ったということだ。それをきっかけにして、2人は放課後一緒に勉強したり、廊下で時々話をするようになった。メールアドレスを交換して、日に日に初音さんの存在が、心の中で大きくなっていったらしい。
 価値観の一致は勿論だが、司馬は初音さんの心を癒してくれる歌声に、特に魅かれたのだと言う。初音さんが何故歌を歌っていたのかと言うと、それは彼女が歌手を目指しているからだそうだ。初音さんは、高校卒業後は専門学校に行って、本格的に音楽を勉強することを望んでいるらしい。
 そんなわけで次第に距離を縮めた2人は、7月に入りめでたく交際に発展した。告白は司馬の方から直接言ったらしいが、何って言ったのかは上手くはぐらかされてしまった。
 しかしなんというか、そんなおとぎ話は何処かの漫画の世界の話だけだと思っていたのだが。そうは思いつつも、司馬ならありえるかもしれないと思った。事実、こうしてありえているわけだし。
 まぁ俺は人の交際にケチをつけられるほど出来た人間ではないし、親友の恋は応援してやりたい。だが司馬に対して嫉妬という感情を抱いていることは、どうしても否めなかった。
 人と人の出会いが奇跡であるかどうか、本格的に思考を巡らせ始めようとしてやめた。校長の話が終わり、壇上から降りていったからである。やれやれ、ようやく解放されるらしい。

 終業式を終えて教室に戻った俺は、必要があるのか疑わしいSHRを聞き流していた。担任である鈴木教諭は黒板の前に立ち、文化祭の出し物について意見を述べるように言っている。
 例によって、こうしたイベントがあるとクラスの何人かは、いつにも増してしゃしゃり出たがる。俺はそうした連中と事の成り行きを、冷めた目つきで静かに見つめた。くだらない。
 その後、鈴木教諭のご指名で委員長の五十嵐が立ち上がり、渋々と話し合いの進行を始めた。五十嵐は副委員長の五月に、こっちに来て助け舟を出してくれるように合図を送っている。
 当の五月も俺と同じように冷めた様子で、黒板の方を見ている。なんだか五十嵐が哀れだ。
 俺は更に視線を動かし、望の方を見た。望は小声で近くの女子と楽しそうに話をしていた。
 そうか、望はこの学校での文化祭は初めてなんだ。俺は今更ながら、そんなことを思った――


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