記憶を旅して 〜trip to the memories〜

Back Novels Next


〜第19話 Peaceful lunch〜


 イベントのバーゲンセールのおかげで、慌しかった9月も今となっては全て過去のものだ。行事のおかげで勉強する時間の少なかった中間テストも、10月と共に流れ星のように過ぎていった。今日からは11月の始まりである。とは言っても何ら変わることの無い、日常の繰り返しだった。
 今は4時限目の英語の授業が行われているが、適当にノートを書いた後は机に寝そべっていた。その短い時間に、とても大切な夢を見た気がする…。誰かが俺を呼んでいるような、そんな夢を。
 気がついた時にはチャイムの鐘と、それに一拍遅れる形で五十嵐委員長の号令がかかっていた。俺は慌てて椅子から立ち上がり、形だけの礼をした。望がこちらを振り返ってくすりと笑っている。
「深也、ちゃんと起きてなきゃダメだよ」
 教科書とノートを机の中にしまっていると、早速望がそう言ってきた。
「将来通訳にも英語教師になるつもりもないから、別にいいかと思ってさ」
「だから英語だけ3なんだよ。他の教科は4か5なのに勿体無いよ」
 夏休みに入る前、1学期の終わりに見せ合った通知表の結果を望はまだ覚えていたようだ。
「よく覚えてるな…でも、英語の他に体育も3だったけど」
「体育は仕方ないけど…深也、あまり動いてないんでしょ?」
 どうやら望には全てお見通しらしいな。いつから司馬のアビリティを会得したのか疑問だ。

 見知った笑い声が聞こえてきたので視線を上げると、ドアの辺りで司馬と初音さんが仲睦まじげに何かを話していた。4時限目も終わったことだし、恐らく昼食の相談だろうと察せられる。
 そうして眺めているうちに、司馬が俺の方に歩いてきた。初音さんと一緒に食べないのか。
「やぁ。実はこれから学食に行くんだけど、一緒にどうかな? 春崎さんも」
 俺の昼食事情はと言えば、週に2回は母親が弁当を作ってくれるのだが、残りの3日間は基本的に購買のパンで済ませていた。逆に望は週に1回は購買、あとは自前の弁当を持ってきている。そして望が弁当を持ってこない曜日が、確か今日のはずだった。俺は望の顔に視線を移した。
「たまには学食もいいよね。でも2人の邪魔にならないかな?」
 望は俺と司馬の顔を交互に見ながら遠慮がちにそのように言った。
「夢原と春崎さんなら大歓迎だ。実を言うと、彼女と2人でいると緊張しちゃってさ」
「そういうことなら、同伴することにするか」
 司馬が苦笑いを浮かべるのをきっかけに、俺は席を立った。司馬の意図を悟ったからだ。
 要するに、司馬が初音さんと付き合い始めてから既に3ヶ月は経っている。しかもお互いの感性が似ているという話だったから、一緒にいて緊張するっていうのは解せない話だ。つまり司馬は自分が彼女を持つことによって、俺との友情が疎遠になることを危惧しているのだろう。司馬のことだ。ついでに俺と望の仲を進展させようという意図も含まれているのかもしれない。
 そんなわけで、俺は司馬の誘いに応じることにした。

 学食に行ってみるとさすがに昼時とあって、入り口の時点で既に生徒が犇きあっていた。俺はこれだけで嫌気が差しかけたが、司馬と相談して望と初音さんには席取りをお願いすることにした。
 俺と司馬でそれぞれ2人分の食事を運ぶわけだ。ちなみに俺はカレーライス、司馬はカツ丼。女性2人はうどんをご所望だ。そちらは司馬に任せ、俺はカレーとカツ丼の争奪場所へと急ぐ。
 出来るだけ急いだつもりだったが、俺と司馬が席につくことが出来たのは約10分後のことだった。しかしまぁ女性2人に丁寧なお礼の言葉を述べられると、その程度の苦労はどうってことなく思えた。
「ところで、お二人はお付き合いされていないんですか?」
 初音さんが食事の途中で、唐突にそんなことを言い出したため、俺は思いきり咽そうになった。
 司馬は口を動かしながらニヤついていやがった。望は耳が赤くなっているが、俺の方を見ようともしない。
「えーと、俺達は幼馴染で、今のところは付き合ってないよ」
 望がノーコメントを貫きそうだったので、仕方なく咳払いをしてから言った。
「そうなんですか? 凄くお似合いですよ。私てっきり、付き合っていらっしゃるのかと思ってました」
 初音さん、こう見えて恋話とかが好きで、ついでに人をからかうのも趣味だったりするのか? 大体この件に関して、司馬が初音さんに何も説明していないということはありえないと思うのだが。
 新たに様々な疑問を持ちつつも、俺はカレーライスを食べる手をスピードアップさせた。そのまま俺はカレーを食べ終えるまで、しばらくの間司馬と初音さんの会話を聞くことだけに専念した。
 何はともあれ、こんなに和やかな昼食は久しぶりだった。食欲の秋だけあって食が進むぜ。そして俺はこの時もこう思わずにはいられなかった。こんな時間がずっと続けばいいのに、と――


Back Novels Next