記憶を旅して 〜trip to the memories〜

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〜第21話 すれ違う心〜


 百八つの鐘を鳴らす音がリビングのテレビから微かに聞こえている。今年もあと僅かだった。
 冬休みに入り忌々しいクリスマスも過ぎ、大晦日になっていた。明日から新たな一年が始まる。
 この一年間、数え切れないほどの出来事があった。それらの一つ一つが、かけがえのない思い出だった。中でも望との再会は忘れられない記憶の一つだ。しかし同時に、俺は嫌な記憶も持ち合わせている。それがこの前の終業式の放課後、偶然聞いてしまった話だった。苦虫を噛み潰すような気分ではあったが、頭の中を整理するためにも俺はあの日のことを思い返さずにはいられなかった。
 あの話を聞いてしまった後、俺は無我夢中で走った。あの場にこれ以上いたくなかったからだ。俺はパソコン室に続く廊下の途中で立ち止まった。一体何をしているんだろう、と我に返った。気付けば肩で息をしていた。胸が苦しいのは、酸素が足りないという理由だけではないようだった。頭痛がした。耳鳴りもし始めたと思ったが、それは俺の唸り声だった。俺は激しく動揺していた。
 相手が望だったからか? しかしあいつは俺の幼馴染というだけで、彼女でもなんでもない。望は俺に気があると、安心しきっていたからか。望はいつまでも俺の隣で笑っているとでも思っていたのか。
 よく考えてもみろ。望は小柄で可愛い。素直で明るくて優しいし、何より笑顔がとてもよく似合う。
 じゃあ俺は望のことが好きなのか? 4月から今まで何度か自問し、答えを出すのを避けてきたこと。
 俺は望に恋愛感情を抱いたことはなかった。幼馴染、それが俺に与えられた立場だと思っていた。バカか俺は。あいつを好きになる奴がいたって、何も不思議じゃないのに。何故気付かなかったんだ…。
 考えれば考えるほど、頭が混乱した。分からなかった。

 正直なところ、冬休みに入ってくれて助かった。誰かと顔を合わせていたくなかった。俺は冬休みに入ってから一度も外に出ていなかった。家でも自分の部屋をほとんど出ない。何かする気も起きない。
 結局望に誕生日プレゼントを渡すこともなかった。誕生日を祝うメールすら出せなかった。逆に望から初詣に一緒に行かないか、というメールが来た。さすがにそれを無視するのは憚られた。しかし望と顔を合わせたくはなかった。俺は体調不良を理由に断ることにした。望は俺を気遣う内容の返事を返してきた。
 自分でも惨めだと思う。このところ毎日自嘲している。どうするのが一番良いのか、答えを出すことが出来ずにいる。望が東條に何と返事をしたのか、或いはしようとしているのか。気にならないと言えば嘘になる。直接問い質せば望なら教えてくれるのかもしれない。だが俺にそんな勇気があるはずなかった。
 俺は三学期の始業式から、また何食わぬ顔で望達と接しなければならないのだろう。自信はなかった。でも望と幼馴染という関係を続けていくつもりならば、それしか道はない。それが一番良いはずだ。そのためにもこの忌まわしい記憶は、心の奥底にしまっておくしかない――
 テレビのアナウンサーの声が、閉じられた自室の向こうから聞こえてきた。遂に新年を迎えたらしい。
 俺は何をするでもなくベッドに横たわり、過ぎた時の短さにしみじみとした思いを感じ始めていた。
 刹那、メールの受信を知らせる着信音が静かな部屋に響いた。俺は手を伸ばし、携帯を掴んだ。
『Happy New Year 今年もよろしくね! 体調よくなった? 早く元気になってね。』
 望からだった。俺は少し迷った後、指に力を込めた。悩んでいても仕方ないんだ、きっと――


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