1月に入っていた。今日から3学期の開始であり、絶賛寒波到来中である。高校2年も遂にあと3ヶ月となった。今までの17年間の人生を振り返ってみると、とても言葉に出来ない感慨深いものを感じる。
しかし正直なところ、今日ほど学校を休みたいと思った日はそうそうないんじゃないだろうか。悩んでいても何の解決にもならない。俺は俺の信念に従うだけだ、と重い腰を上げたわけだが…それでも不必要な会話は出来るだけ避けたい。そのため俺は予鈴の鳴る直前に教室に入った。それが功を奏したのか、鈴木教諭がホームルームを終えて教室を出て行くまで、俺は誰とも話しをせずに済んだ。
だが1日中誰とも会話をしないというのはさすがに無理がある。1時限目が始まる前だった。
「深也、おはよう。身体はもう良いの?」
望が話しかけてきた。本当は望と話すのは辛かったが、無理矢理笑顔を浮かべて親指を立てた。
「あぁ、もう大丈夫。心配かけてごめんな」
「ううん。深也が元気ならそれでいいよ」
そう言って望は自分の席に戻った。俺は上手く笑えていたのかどうか、自信が持てなかった。
次に話しかけられたのは4時限目が終わった直後のことだった。とは言っても相手は五十嵐である。
「よ、夢原。実はちょっと頼みがあるんだけどさ」
妙な笑みを顔に張り付け、右手で手刀を切りながら五十嵐はそう言ってきた。嫌な予感がした。
「にじり寄ってくるな。何だよ、俺はこれから購買に昼飯を買いに行くんだ」
俺は立ち上がり、ポケットに手を突っ込んで立ち去ろうとしたのだが、五十嵐が肩を掴んできた。
「まぁまぁ。実は鈴木先生のところに行くんだ。お前の委員会が作った会誌を取りにな」
なるほど。俺が冬休み前に作るのを手伝わされた例の冊子か。あれを人数分取りに行くわけだ。同時にあの日の望と東條の姿が脳裏に甦ってきた。クソ、五十嵐め。嫌なことを思い出させてくれるな。
「そうか、ご苦労さん。じゃ頑張ってな」
俺は内心舌打ちしつつ、委員長って仕事も大変だよな、などと思いながら再び立ち去りかけた。
「待て待て。人数分の冊子、俺が全部持てってのか? なぁ、出版委員のよしみで手伝ってくれよ」
「何のよしみかさっぱりわからん。普通副委員の五月に手伝ってもらうもんだろ」
多分図星だったのだろう。俺がそう言った途端、五十嵐はしょげたように俯いてしまった。
「…ったく、分かったよ。一緒に行けば良いんだろう」
「お、そう言ってくれると思ったぜっ。さすが夢原だ、分かってるじゃないか」
見るに見かねて仕方なく言ってやったのだが、すると五十嵐は急に元の元気を取り戻しやがった。
「煽てるくらいならジュースでも奢ってくれ」
勿論その言葉は無視して五十嵐はさっさと教室を出ようとしている。俺は渋々五十嵐の後を追った。
「ところでお前、五月に弱みでも握られてるのか?」
階段を下りる途中、俺は五十嵐に聞いてみた。
「いや、まぁ…そんなところかな」
俺は五十嵐の強がる姿を期待して言ったのだが、どうやら期待外れだったらしい。五十嵐の反応が素っ気無かったため、追及するのはやめておく。俺だって進んで誰かと話をしたい気分ではない。
職員室に行き、鈴木教諭の指示に従って人数分の冊子を受け取ると、俺達は半分ずつ両手に抱えた。それほど重いというわけでもないが、廊下に落としても面倒なだけなので慎重に歩くことにする。
教室に戻る途中、何で俺はこんなことをしてるんだろうと思ったが、気にしたら負けなのだろう。
そんなこんなで教室に戻って来たまでは良いが、何故か五月が教卓で手持ち無沙汰にしていた。
「遅かったじゃない。何やってたの?」
俺達の姿を見つけると、五月は俺の冊子だけ受け取り、五十嵐には教卓に置くよう命令している。
「しかも手伝ってもらって。あんたの仕事でしょう?」
五月の口調は少々キツく聞こえるが、特に怒った顔をしているわけではないので別に怖くない。
「いや、悪い。ちょっと夢原に話もあったから、一緒に行ったんだ。夢原、ありがとな」
五十嵐はそう言い訳し、振り返って俺に礼を述べてきた。まぁそういうことにしておいてやろう。
「あぁ。それじゃ、またな」
俺はそのまま教室を出た。昼休みは短くなっていたが、パンを食べるくらいの時間はあるだろう。
そういえば最近、五十嵐と五月が口論している姿をほとんど見かけなくなったな、と思った――