記憶を旅して 〜trip to the memories〜

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〜第23話 輝く君へ〜


 夏は早く冬が来ないものかと心待ちにし、冬になったらなったで夏が恋しくなる。人の心の何と矛盾したことか。直接空気に晒される顔は勿論のこと、コートごと貫かれるのではないかと思うほどの寒さだった。まったく真冬の峠は一体いつなんだか、と誰にともなくぼやきながら俺は今日も学校へと急ぐ。
 今日は2月14日。一部の男子がそわそわと楽しみにしている日であり、一部の女子は勇気を欲する日だ。どちらかと言うと捻くれた性格の俺は、勿論端からチョコレートをもらえることなど期待していない。最後にもらったのは幼稚園の時だったかな、と記憶を探ってみたが、いずれも定かではなかった。
 まぁ正直に白状するなら、もしかしたら望ならくれるんじゃないか、などと虫の良いことを考えていた。しかし例の終業式のことは未だに頭に引っかかっているし、甘いことは考えないように努めた。
 教室に着いてみると、始業のチャイムまで10分足らずしかないのに、意外と生徒が少なかった。朝のうちに男子はもらいに、女子は渡しに出払っているらしい。やれやれ、皆若くて羨ましいね。
 俺はとりあえず腰を下ろそうと思い、椅子を引きかけたが、静電気を感じて思わず手を引っ込めた。俺は顔を顰めて椅子を引き直し、腰を落ち着けたは良いが、尻が冷たくて仕方がない。さすがは真冬だ。
 どうでも良い感慨を抱きつつ教室を見回してみると、男子はどうもそわそわしているようだった。涼しそうな顔――というか寒いのだが――をしているのは、司馬と極少数の男子に限られている。
 司馬は初音さんからもらえることほぼ確定しているだろうし、それも当然ではあった。

 ところがその直後、想定外なことが起きた。不意に五月が五十嵐の前に立ち、後ろ手に隠していたものをすっと前に出してみせた。それはどう見ても小さな箱だった。まさかビックリ箱…じゃないよな?
「急にチョコが作りたくなっただけで、べ、別にあんたのために作ったわけじゃないんだからねっ」
「…これを俺に?」
 五十嵐が訝しげなのも無理はない。普段の五月からすれば考えられない言動なのは確かだ。
「義理よ義理っ。余ったからお裾分けよ、勘違いしないでよね?」
 五月の頬は少し紅潮していたし、あの慌てぶりを見ればどんな鈍感な奴でも丸分かりである。
「分かってるよ。あ、あのさ…ありがとう、五月」
「…お礼なんて別にいいわよ。じゃ、用はそれだけ」
 五月はそう言い、スカートを翻して席に戻った。一方の五十嵐はその箱を大事そうに鞄の中にしまっていた。周りはくすくす笑っていたり、何も気にした素振りを見せていなかったり、呆気に取られていたり、それぞれ反応は様々であったが、あの2人の関係も1歩前進と考えて差し支えないのかもしれない。
 さて。そんなサプライズもあったが、その他はいつも通り順調に始業の鐘が鳴り、ホームルームを終えた。
 3時間目が始まる前には初音さんが教室に姿を見せた。が、ドアのところで立ち止まっている。
「こんにちは、初音さん。司馬に用ですか?」
「あ、夢原さん。こんにちは。ええ、呼んでもらえますか?」
 俺はロッカーから教材を取るついでに、初音さんに声をかけてみた。相変わらず美しい声である。
「了解しました」
 俺は少しおどけて見せた後、他の男子と話していた司馬を呼んだ。司馬は心なしか嬉しそうだった。
 初音さんの用事は予想通り、司馬にチョコを渡しに来たらしい。

 そして昼休みになった。授業が終わって既に15分が経過している。もう落ち着いた頃合だろうか。
 俺は購買に行くために席を立った。授業後すぐに行かないのは、混雑回避以外の何ものでもない。そのまま階段の踊り場まで来た時、誰かに名前を呼ばれた。いや、俺を下の名前で呼ぶのは1人だけだ。
「深也っ。ちょっといいかな?」
 振り返ると、小箱を抱えた望が近付いて来た。望は一段上で立ち止まったから、望の方が背が高い。
「望…どうした?」
「うん…あのね、これを受け取って欲しいなって。上手く出来たか分からないけど…手作りなの」
 一瞬の躊躇いを見せた後、望はそう言って俺に小箱を差し出した。丁寧に赤いリボンがしてあった。
 こんな時どんな顔をすれば良いのか、俺には判断がつかなかった。周りに人がいなくて助かった。
「最近深也、私のこと避けてるみたいだったから、渡すのに凄く勇気が必要だったんだよ?」
 望が上目遣いに俺を見ている。その言葉通り望は緊張しているのか、少しだけ語尾が震えていた。
 俺はしばらくの間声が出なかった。確かに俺は終業式の日から、望との不必要な会話を避けてきた。望は気付いていたんだ――それを承知で望は俺なんかに、バレンタインのチョコを作って来てくれたんだ。
 俺はバカだ。とんでもなくバカだ。結局自分の気持ちに嘘をついて、逃げていただけじゃないか。俺は自分のことばっかりで、望の気持ちを全然考えていなかった。望はずっと俺を見てくれていたのに――
 俺は思わず望を引き寄せ、抱き締めていた。もう自分の気持ちに嘘はつけない。絶対に逃げない。
「望…好きだ。やっと分かった。俺は本当に、望のことが好きだったんだって…」
 望が息を呑む気配がした。抱き締めているから、望がどんな顔をしているのか俺には分からない。制服越しに望の体温が伝わって来て、とても心地良かった。でも俺は望の顔が見たくて、少しだけ身体を離した。
 望は泣いていた。いや、その瞳からは涙が溢れて頬に一筋の線を作っていたけど、微笑んでいた。
 俺は指でゆっくりと望の涙を掬い取り、窓に目を向けた。白い空からはひらひらと粉雪が舞っていた――


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