記憶を旅して 〜trip to the memories〜

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〜第24話 Don't forget it〜


 1年の中で最も短い2月が過ぎ、今日から3月に入った。明日は3年生が卒業式を迎える。この学校では毎年3月2日が卒業式と決められていた。そして今日は卒業式の予行が行われているはずだった。
 俺達がいつも通り授業を受けている間、旅立ちを控えた3年生は一体何を考えているのだろうか。来年の俺達は今頃何を考えていることだろう。今の俺達はどのように過ごすのが最も正しいのだろう。
 そんなことを考えていた俺は、ふと我に返って黒板を見た。授業はかなりのペースで進んでいる。1、2年生の学年末テストが近付いているため、先生達は範囲を終わらせようと頑張っているらしい。
 しかし今の俺にはそんなことは些細なことだった。忘れてはならない大事な話があったからだ。
 バレンタインの日を境に、俺と望の関係は幼馴染から恋人に変わっていた。望への気持ちがこみ上げてきて思わず言ってしまったわけだが、自分でもよくあんなことを言えたものだと思う。人気が少なくて助かったが、誰かが見ていたらとんでもなく恥ずかしい思いをしていたことだろう。
 司馬や初音さんは勿論、五月や五十嵐まで祝福してくれたが、俺は1つの懸念事項を残していた。東條直樹の存在だった。俺と望を祝福していない奴がいるとすれば、間違いなく最初に挙がる名前だった。
 終業式でのことを忘れたわけではない。だからこそ、はっきりさせておかなければならなかった。

 今日も1日の授業を終え、鈴木教諭によるホームルームを聞き流し、教室の掃除当番が帰るのを待った。
「私達もそろそろ帰ろうか? 掃除当番も帰っちゃったみたいだし」
 俺がいつまでも教室に止まっているからか、望が下から顔を覗き込むようにしてそう言ってきた。
「大事な話があるんだ。少し良いかな」
「それはいいけど…話って?」
 俺が真剣な目をしていたからか、望は不安そうに瞳を揺らし、俺の前の席に静かに腰を下ろした。
「率直に言う。終業式の放課後、望が東條と話してるのを聞いたんだ」
 望は瞳を大きく見開き、そのまま俯いた。それだけで望には何のことか分かったようだった。
「あの時、望は告白の返事を保留にした。それは俺に咎める権利はないと思ってる」
 望は床に目を落とし、黙って聞いている。とにかく最後まで話を聞くつもりなのかもしれない。
「でも今の俺達は恋人だ。だから望が東條にどういう返答をしたのか聞かせて欲しい」
 望が顔を上げ、俺の目を見た。望はそのまま静かに口を開いた。
「…東條君の気持ちは、正直言って嬉しかった。告白されたのも生まれて初めてだったから」
 望の話をまとめると以下のようなものになる。

 ――私がすぐに返事は出来ないって言ったら、東條君は返事はいつでも良い、待ってるからって言ってくれたの。あの時はちょうど深也に避けられている気がしてたし、嫌われちゃったのかと思って凄く不安だった。深也の気持ちが分からなかった。だからあの時、東條君の言葉に少しだけ心を動かされた。そのまま冬休みに入って、私はずっと自分の気持ちについて考え続けた。そして結論を出したの。始業式の日に私は東條君にはっきり言った。やっぱり付き合うことは出来ない、ごめんなさい。そう言ったの。そしたら東條君は理由を問うどころか、明らかに無理してたけど、笑顔を作ってこう言ってくれた。分かった。俺、告白したことは後悔してないから。これからもクラスメートとしてよろしくって――
 そこで望の言葉が途切れた。それまで黙って耳を傾けていた俺は、そこで望の小柄な肩が震えていることにようやく気が付いた。何か言わなければならないと思ったけど、咄嗟には言葉が出てこなかった。
 俺の態度や行動が、自分の首を絞めていたんだ。そればかりでなく望のことも苦しめていた。
 俺は席を立ち、望の肩に手を置いた。望がゆっくりと顔を上げる。望の目は充血していた。
「望、今まで苦しませて本当にごめん。俺がバカなばっかりに、望を苦しませて…」
 結局すれ違っていたんだ、俺達は。再会したあの日、望が呟いた一言。それが全てを物語っていた。
 東條は強い男だと思った。今度は俺が強くならなければならない。望を守るために俺が強くなるんだ。
「私の方こそ、黙っててごめんね」
「良いんだ、話してくれてありがとう。俺、もう二度と望を泣かせるようなことはしない。約束する」
 俺の手の上に望がそっと手を重ねてきた。俺はその小さな手を強く握りしめた――


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