今年度も終わりを迎えようとしていた。1つ年上の先輩達が旅立ち、来年の自分達の在りし姿を瞼の裏に描く、そんな3月の今日。俺達は修了式を終えようとしている。それは高2との惜別であり、高3への準備を意味している。本格的に大学受験を考えなければならなくなるし、運動部も引退までラストスパートだ。
鈴木教諭は最後に気の利いた台詞でも言いたかったのか、しばらく逡巡していたが、結局何も言わなかった。自分にはそんな台詞は似合わないとでも思ったのだろうか。鈴木教諭の苦笑が妙に印象に残った。
そのまま高2最後のホームルームは終わりを告げ、クラスメート達は口々に言葉を残し教室を出て行く。
俺は鞄に荷物を入れながら、1年間世話になった教室を見渡した。様々な思い出が脳裏を巡った。
そんな風にしていると、誰かが俺の肩に手を置いた。振り返ると望が口元を綻ばせて立っていた。
「この教室ともお別れだね。ちょっと寂しいな…」
「うん。でも望がいてくれれば俺は平気だよ」
望が寂しそうな顔をしたから、俺は望に笑っていて欲しくて、つい気障な言葉を口にした。望は少し驚いたように目を開いた後、嬉しそうに頷いた。俺は望のこの笑顔を守りたい。守らなければならない。
「2人とも仲がいいな。羨ましいよ」
その時帰り支度をしていた司馬が、俺達を振り返って言ってきた。司馬も笑みを浮かべている。
「そっちこそ、初音さんと待ち合わせてるんだろ? 俺が気付いてないと思ったか」
司馬のからかい半分の言葉に対し、俺は迎撃の一言を放った。これはかなり効果があったらしい。案の定、司馬の表情は苦笑へと変わった。右手を頭にあてて、司馬はさり気なく話題を変えた。
「参ったな。とにかくこの1年は色々あったけど楽しかったよ。来年度もよろしく」
その言葉に俺と望は同時に「こちらこそ」と言ってしまった。俺と望は顔を見合わせ、笑い合った。
司馬はそれを見て一頻り笑った後、片手を振りながら教室を出て行った。俺達も教室を出ることにする。
俺は望と一緒にゆっくりと帰り道を歩きながら、この1年間の出来事を次々と振り返っていた。此処最近で俺が特に印象に残っているのは、何と言ってもホワイトデーに起きた出来事ではないだろうか。
何を隠そう、あの五十嵐が五月にバレンタインのお返しを渡した上に告白までしたのだという。あの日はクラスでもかなり話題に上っていたし、そこまで五十嵐が五月に思いを寄せていたとは驚きである。
五月はまだ返事をしていないらしいが、満更でもないはずだと俺は見ている。あれだけ中途半端が嫌いな性格の五月が、返事を保留にするくらいだからな。どうせなら五十嵐と五月も恋人になって、夏休みに行った遊園地にもう1度6人で行きたい。まぁ今は2人の関係をじっくり観察してやることにしよう。
そんなことを考えていたから、俺は一瞬上の空になっていたらしい。望への反応が遅れてしまった。
「深也、ちゃんと聞いてた?」
慌てて顔を横に向けると、望が拗ねたような表情で俺を見ていた。俺は親指を立てて言ってみた。
「もちろん。これからも俺は望の傍にいる」
「違うよっ。明日から春休みだから、一緒に何処かに行こうって言ってるの」
しまった、墓穴を掘った。しかし、なるほど。久々に望と二人で何処かに行くのも悪くないな。
「あぁ、そうだったな。望は何処か行きたい場所でもあるのか?」
「うんっ。近くに新しい喫茶店が出来たんだよ。おしゃれなところらしいから行ってみたかったの」
「そうなんだ。じゃあ決まりだな」
それから家に着くまでの間、俺は望と明日の予定を話した。望は明日が待ちきれない様子だった。俺はそんな望をとても可愛いと思った。望の姿を見ているだけで、心が安らかになっていくような気がした。
俺はこんな時間が続くことを信じて疑わなかった。というより、それは当たり前のことだと思っていた。きっと望もそうだっただろう。しかし変わらないものなんて、本当はこの世には存在しないのかもしれない。それは全て理想に過ぎない。何故なら俺は望を守ってやることが出来なかったから――