記憶を旅して 〜trip to the memories〜

Back Novels Next


〜第26話 It is a nightmare〜


 修了式から一夜明け、2週間ばかりの短い春休みが訪れた。今日はその第1日目だった。そろそろ大学受験が気になってくる頃ではあるが、何だかんだ言っても休みは嬉しいものだ。特に初日の気分は言うまでもない。これで終わりが近付くと日に日にテンションが下がっていくわけだが、今は深く考えないことにしよう。
 いつもより2時間ほど遅く目を覚まし、俺はカーテンとともに窓を開けた。空は青く澄んでいる。まだ冷たさの残る、けれど春を感じさせる微風がカーテンを揺らした。まさに気持ちの良い天気だった。
 その後、俺は似合わない鼻歌なんかを歌いながら出掛ける準備をした。40分ほどで支度を終える。意外と早く準備が出来てしまったため、約束の時刻にはまだ余裕だったが、俺はさっさと家を出てしまった。
 望と付き合うようになってから気付いたのだが、望は必ずと言って良いほど約束の時間より早く来ていた。たまには俺が先に到着し、望を驚かせるのも悪くない。いつも男が遅刻じゃ格好が付かないからな。
 俺は最寄のバス停からバスに乗り、終点の駅前で降りる。5分ほど歩き喫茶店の中に入った。店内は華やかで、望の言った通りおしゃれな店だった。だが思ったより女性客が多かったから、俺はちょっと気圧された。とりあえず通りかかった店員にコーヒーを注文し、望が来るまでの約10分間、気障な高校生を演じた。

「今日は早いんだね。ちょっとびっくり」
 望は俺の姿を見つけるなり、立ち止まってそう言った。しげしげと俺を見つめてから腰を下ろした。
「たまにはな。というより、望と会うのが待ちきれなくてさ」
 俺は少しおどけて言ったつもりだったが、望はそれを聞いて頬を赤く染めた。可愛いな、おい。
 望はミルクティーを注文し、この後行きたい場所とその理由について説明してくれた。昨日も聞いた話だったので、俺は特に何も考えずに聞いていただけだ。望が行き先を決めてくれた方が俺としては楽だった。
「ところでさ、深也…奇跡って信じる?」
 話が一段落し、コーヒーのおかわりを注文しようかと考えていると、望が上目遣いに聞いてきた。
「何だよ、急に」
「ちょっと気になったの。ね、深也はどうなの?」
 望の真摯な瞳に、俺は少し動揺した。突然そんなことを聞く望の意図が分からなかった。
「そうだな…俺は奇跡はあまり信じてないかな。起こらないから奇跡なんだと思う。神様もいやしない」
 俺はしばらく考えた後、コーヒーカップを弄びながらそう言った。
「そっか…深也は昔から現実的なところがあるもんね」
 望は特に落胆したようには見えなかった。望のことだ、俺の答えは予想済みだったのかもしれない。
「でも私は奇跡も神様の存在も信じてる。起こる可能性があるから奇跡なんだよ」
 しかし望の言葉を聞くと、俺は悪戯が見つかった時のような、ちょっとした自己嫌悪を感じた。
「うん…かもしれないな。そろそろ行こうか」
 俺は肩を竦めて言った。望が頷くのを見て、俺は机の端に置かれている伝票を手に取った。望は慌てたように私が払うよ、と言って鞄から財布を取り出しかけたが、俺はそれを制して一人でレジに向かった。

「ごめんね。私が行きたいって言ったお店だから、払うつもりだったのに」
 支払いを終えて外に出ると、手持ち無沙汰な感じで立っていた望は、俺を見るなりそう言ってきた。
「いいって。たまには俺に良い格好させてくれよ」
 俺がそう言うと、望はようやく顔を綻ばせた。そしてそのまま俺の腕を抱えるようにしてきた。俺はかなり恥ずかしかったが、望が嬉しそうだったので何も言えなくなった。まぁ俺も嬉しかったからいいのだが、心臓の高鳴りだけはどうにも抑えられなかった。ともかく俺達はその状態でゆっくりと歩き始めた。
 その時、不意に不穏な気配を感じて俺は後ろを振り返った。1台のトラックが明らかに異様な動きで、歩道の俺達に向かって突っ込んでくるところだった。俺の心の何かが警鐘を鳴らしていた。逃げなければと思った。だが意思に反して俺の身体は、まるで金縛りにでもあったかのように動かすことが出来なかった。
 トラックはスピードを緩めない。遠くで誰かの叫び声が聞こえた。釣られて望も後ろを振り返った。
 間に合わない――俺は咄嗟に望を懐の中に隠そうとした。その直後、俺は物凄い力を受けて歩道の隅に突き飛ばされた。俺の視界は身体と共に宙を舞い、青い空が過ぎていった。刹那、身体に衝撃が走った。
 気が付いた時には歩道に転がっていた。トラックは建物にぶつかり、その弾みでやっと静止したらしい。トラックのフロントガラスは割れ、前部が無残に歪んでいる様子が目に映る。だが思考はストップしたままだ。
 俺はよろよろと立ち上がり、何かの建物に減り込んで急停止したトラックの裏側に回り込んだ。望、望――俺は無意識にそう呟いていた。変わり果てたトラックと建物の残骸と一緒に、望が仰向けで倒れていた。
 絶望感が襲って来た。そして強い既視感が脳裏を駆け抜けた。そうだ、こんなことが前にもあった――


Back Novels Next