「望っ。しっかりしろ、望っ」
俺は慌てて望に駆け寄って声をかけた。いつの間にか周囲には人だかりができ始めていた。遠巻きに見ている誰かが早く救急車を、と叫んでいる。俺は救急車を呼ぶということ自体、すっかり頭から抜け落ちていた。
「深也…大丈夫だった?」
すると望は薄く目を開け、擦れた声でそう言った。こんなことになってまで俺のことなんかを心配して、望はバカだ。俺は目頭が熱くなるのを感じたが、今此処で望に涙を見せるわけにはいかなかった。
「望…大丈夫だからなっ。今救急車が来るからっ」
俺はそう言って、望の小さな手を両手でしっかりと握り締めた。今の俺にはそれくらいしか出来ない。
「うん…私、深也といられて、本当に、楽しかった…ありがとう」
小さい声だったが、はっきりとそう聞こえた。そして望はそのままゆっくりと揺れる瞳を閉じた。
「…望っ、のぞみっ」
望の手から力が抜けていた。最早涙が溢れてくるのを止められなかった。俺は望の名を叫び続けた。
ようやく落ち着きを取り戻した時、俺は病院の待合室にいた。
あの後すぐに救急車が到着し、俺は救急隊員の人にいくつか質問された。何と答えたか覚えていない。とにかく俺も一緒に救急車に乗り、近くの病院に搬送された。それが多分1時間ほど前になると思う。念のため俺も怪我がないか診てもらった方が良い、と言う救急隊員の指示に従ったような気がする。望は治療室に運ばれたと看護師が言っていた。状態については詳しく話してもらえなかった。
その後、望の両親が病院に駆けつけた。俺はすぐに自分の至らなさを詫びた。そうだ、全部俺のせいだ。何故ならあの時、望は俺を庇って歩道の脇に突き飛ばし、自分だけトラックに撥ねられたからだった。
俺はそのことも両親に説明したが、彼らは俺を責めることはしなかった。望のしたことだから、と。
「望はどうしても君を守りたかったんだろう。君を守れて、あの子は幸せだと思うよ」
望のお父さんの言葉が頭を過ぎる。彼らも望のことが心配なはずなのに、俺のことも気遣ってくれた。
「きっと大丈夫、望なら。君が信じてやらなくて、一体誰が信じるんだ?」
俺は口を閉じるしかなかった。その通りだ。それほど望のお父さんの言葉には説得力があった。
そして今待合室にいるのは俺だけだった。さっき険しい表情をした医師が、望の両親を連れて行ってしまったからだ。恐らく望の容体を説明してくれるのだろう。だから俺はそのままいつまでも待ち続けた。
望の両親が戻ってきたのは、それから小1時間ほど経った頃だっただろうか。思ったより長く時間を要したのは、医師の説明の他に警察の介入もあったからで、そちらの説明も受けていたとのことだった。
望のお父さんはまず、警察から受けた説明を俺に聞かせてくれた。俺はそれを黙って聞いた。警察の話によると、トラックの運転手は過失傷害の疑いでそのまま連行されたそうで、現在も話を聞いているらしい。運転手の話ではどうやら過労による居眠り運転をしていたようで、ブレーキが遅れたとのこと。警察は俺にも事情を聞きたかったらしいのだが、今はショックが大きいから、と望のご両親が断ってくれたのだという。
「そうなんですか…ありがとうございます。あの、それで、望の方は?」
望のお父さんの言葉が途切れたところで、俺は唾を飲み込みそのように聞いた。
「うん、そのことなんだが――」
望のお父さんは淡々と事実を語ってくれた。わざと感情を込めないように話しているようだった。それだけに望のお父さんの言葉が信じられなかった。いや頭では分かっていたが、思考が信じることを拒否していた。
望は命に別状はなく、幸いなことに大きな外傷もなかった。女の子なだけに不幸中の幸いだと医師は語ったらしい。しかしトラックに撥ね飛ばされた時に、強く頭を打ってしまったようで昏睡状態が続いている。
これは極めて危険な状態であり、このままの状態が何日続くのかは何とも言えないのだという。またたとえ目覚めたとしても、脳に障害を患っている可能性も否定できず、完全に元の状態に戻るのは難しい――
それが医師の説明であり、望のお父さんの言葉だった。俺はその場に座り込むようにして崩れ落ちた。望と共に過ごした日々が、次から次へ脳裏に甦った。今俺の心を支えているのは、その記憶だけだった――