記憶を旅して 〜trip to the memories〜

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〜第3話 遠い日の記憶〜


 彼女はそう言って小さくお辞儀をし、さっと教室を見渡した。その目が、ある1点で止まった。俺が見ていることに気付いて、彼女は小さく口を開いたが、言葉にはならなかったようだ。何秒かの間、俺は彼女の視線を受け止めたが、それだけだった。
 次の瞬間には、もう彼女は目を逸らしていた。鈴木教諭が、後を引き取るように口を開いたからだ。
「はい。皆仲良くするように。春崎の席は、司馬の後ろの席だ」
 鈴木教諭が促すと、皆の注目を無視するかのように、彼女は静かに司馬の後ろの席についた。
「えー、ではこれから、体育館で始業式が行われるので、廊下に出席番号順に並んで」
 そう言われ、皆が席を立ちかけると、今思い出したかのように鈴木教諭は付け加えた。
「その後で、皆に自己紹介をしてもらうから、言うことを考えておくように」

 それが今から15分ほど前だ。今は背の低い見慣れた校長が、壇上で長話をしている。
 俺は式の間中、ずっと春崎望のことを考えていた。何故なら、俺は彼女を知っていたからだ。
 7年前、俺は雪の多い街に住んでいた。ビルの立ち並ぶ、ごみごみした都会なんかじゃない。昼は日本海を一望でき、夜は空一杯にダイヤモンドを散りばめたような、綺麗な星を眺めることができた。空気が澄んでいたことを、俺は今でも思い出すことが出来る。不便だと感じたことはなかった。
 その街で、俺は彼女――春崎望と、幼馴染だった。物心がついた時、隣にはいつも望がいた。近所に住んでいたからか、俺の両親と望の両親は、子供目に見ても仲が良かったように思う。だから俺と望も必然的に、いつも一緒に遊んでいた。何をするにも、2人一緒だったような気がする。その時の俺は、ずっとそれが続くものだと思っていた。何も変わらない、そう信じて疑わなかった。

 しかし、別れは唐突に訪れた。俺の父親が、都心にある中央の会社に転勤になったからだ。一地方会社の平社員だった父に、拒否することは出来なかったのだろう。今なら俺にも分かる。当時まだ9歳だった俺には、何も出来なかった。単身赴任なんて言葉も、馴染みがなかった。尤も、俺がそれを言ったところで、どうにもならなかったに違いない。やむなく、俺は転校することになった。
 しばらく俺の両親は、慌しい毎日を送っていた。引越しの準備だとか、物件だとかの類だ。そんな中、俺は悲しいという感情しかわいてこなかった。この街との別れ、そして望との別れ。
 何故俺だけが、こんな目に会うのだろうか。父に怒りをぶつけてしまったこともあった。そして、決まって母親に諭された。俺も次第に諦めの感情を覚えるようになった。
 俺は望に、この街から出て行くことを告げられずにいた。今思い返すと、最後の抵抗という奴なのかもしれない。永遠の別れ、という言葉が頭を過ぎった。これでもう望に会うことはないのではないか、と。だからこそ、俺は口に出すことができなかった。
 そのまま、別れの日が来てしまった。俺の両親が伝えたのだろう。望の両親が見送りに来てくれた。だが、望の姿はなかった。
 考えるよりも先に、口を開いていた。俺は望の両親に聞いた。望は、と。すると望の両親は、会いたがらないのよ、ごめんなさい、と言った。
 結局、それっきり望と会うことはなかったが、1度だけ望から手紙が来たことがあった。しかし、俺は返答することをしなかった。あの時、見送りに来てくれなかったじゃないか…。

 あれから、7年の月日が流れている。再会した望は、俺のことをどう思っているのだろうか。いや、そもそも俺のことを覚えているのだろうか。分からない。直接聞く勇気もなかった。
 それに、望にきちんと伝えなかった俺が悪いのだ。遠い過去に置いてきた後悔の念が、再び俺を襲った。
 その時、礼、という声がした。視線を上げると、校長が壇上から離れていくところだった――


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