記憶を旅して 〜trip to the memories〜

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〜第7話 Unnatural smile〜


 目が覚めると、何処からか鳥の鳴き声が聞こえてきた。今何時なんだろう――俺は時計を見て、思わず目を見開いた。午前10時5分前だった。つまり9時55分だ。
 俺は慌ててベッドから跳ね起き、机の上に置いたままの携帯に手を伸ばすと電源を入れた。電話帳を呼び出し、望宛にメールを打った。すまないが遅れる、という極短い文章だ。
 それから俺は寝間着代わりにしているTシャツとジャージから、ストライプのYシャツと、その上に薄い水色のジャケット、ジーパンというラフな服に着替えた。
 リビングに行き、冷蔵庫から10秒チャージ2時間キープ、などとCMで宣伝されている物を取り出す。いくら幼馴染とは言え、女の子を待たせておちおち朝食にありつけるものではない。
 やむを得ず俺はそれを飲みながら、昨日のうちに用意しておいた鞄を引っ手繰るようにして玄関へ走った。靴を履いて階段を駆け下り、駐輪場から自転車を出す。自転車に飛び乗り、俺は出せる限りの力で、とにかく駅前のショッピングモールに向けて急いだ。
 時は深緑の葉が木々を彩るようになった、行楽シーズン真っ盛りの5月初旬である。世間ではゴールデンウィーク後半ということで、短い休みなのに遠征している人が多いようだった。
 俺はというと、行く当ても計画も端からなく、家で静かに休息することしか頭になかった。そんな時に学校で望に、暇なら休み中に1日だけ買い物に付き合って欲しい、と言われた。
 勿論二つ返事で了承の意を示した俺に、望は良かった、と嬉しそうに微笑んだ。…だと言うのに、なんたる失敗だろう。目覚ましをセットしておかなかった、俺が悪いわけだが。
 ちなみに俺の家からだと、駅前まではどんなに急いで自転車をこいでも15分はかかる。こりゃ、望の好きなイチゴパフェでも奢らないと、機嫌を直してもらえそうにないな。

 そんなことを考えつつ、駅前の駐輪場に自転車を止めたのが、きっかり15分後だった。約束した場所、小さな噴水の前にあるベンチに行くと、手持ち無沙汰な感じで腕時計を眺めている望の姿があった。
 遅い、罰金っ!…などと、何処かのアニメのキャラクターのように言われることはなかったが、物悲しそうな表情のまま、無言の重圧とともに送られてくる視線はかなり痛かった。
「本当っにごめん。後でイチゴパフェ奢るからさ、許してくれ!」
 俺は両手を合わせて、そっと望の表情を窺った。
「もう、しょうがないなぁ…じゃあ、今回だけは許してあげるよ」
 そう言いながら、望は既に相好を崩していた。よっぽどイチゴパフェが好きらしい。まぁ、ともかく良かった。俺は肩で息をしつつ、更に大きな安堵の溜息を吐いた。
 ところで、お互いに目と鼻の先のマンションに住んでいながら、何故集合場所が駅前なのか。当然の疑問を抱いた俺は望に聞いた。すると望は、いたずらっぽく微笑み、こう言った。
「だって、そっちの方がデートみたいで、楽しそうでしょ?」
 気恥ずかしいやら、反応に困るやら。俺はしばらく言葉を出せなかった。
 さて。その後しばらくの間、俺は望が楽しそうに歩く姿を眺めながら、買い物に付き合った。荷物を両手に抱え、歩き回る羽目になったわけだが、遅刻してしまった手前、文句は言えない。

 2時間ほど歩いただろうか。昼時になり、ようやく俺は荷物持ちから開放されるに至った。俺は近くのハンバーガーショップで、普通のハンバーガーとポテト、ドリンクのセットをテイクアウトした。
 その後すぐに、望の好きなイチゴパフェがある喫茶店に入った。店内はお菓子の甘い匂いが漂っており、空きっ腹とあって大いに食欲を掻き立てられる。
 望は特に疲れた様子もなく、意気揚々とイチゴパフェを2つと、紅茶を注文した。ちなみに2つとは言っても、俺と望の分ではない。2つとも望が食べる分である。
「しかし本当好きだよなぁ…イチゴパフェ。昼なのに、飯は食わないの?」
 俺はハンバーガーをむしゃむしゃと頬張りながら、若干呆れ気味に聞いた。
「凄く美味しいんだよ、これっ。深也も食べてみれば分かるよ」
 残念ながら俺はあまり甘党ではない。どちらかと言えば、醤油煎餅の方が好きだな。とは言うものの、本当に美味しそうに食べている。これだけ笑顔が見れるなら、まぁ安いものかもしれない。
 そこで俺は不意に思い出したことがあったので、ちょっと迷ったが、結局望に聞いてみた。
「そういえばさ、いつだったかな。望、ツインテールにしてたことがあったよな。もうしないの?」
 すると望は、パフェを掬っていたスプーンを落とした。手を滑らせたのだろうか。
「あぁ…覚えてたんだ。あれは6歳の時、2週間くらいしてただけだよ。あとはずっとこの髪型」
 そう言って望は、背中と肩の中間辺りまで伸ばした、艶のある黒髪に触れた。その手が微かに震えている。
 望は空気を換えるように別の話を始めたが、俺の耳にはほとんど入っていなかった。望の笑顔に、何処か作り物めいたものを感じたからだった――


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