三月二日、火曜日。今日、俺たちの高校生活が終わろうとしている。
今現在、厳かな雰囲気を保ちつつ、卒業式が行われている最中である。もちろん三年間通ってきた学び舎や、共に過ごした友人たち、一応お世話になった先生たちを思うと感慨深くはあるのだが、正直言って早く終わって欲しいという気持ちが先行している。
何故なら壇上で、おっさんたちが次々に聞きたくもない話を長々と続けてくださるからである。一人や二人なら仕方がないと思えるが、理解のある紳士な俺でもさすがに三人、四人ともなってくると、少しは自重してくださらないだろうかと思ってしまうのも無理はない。
ありがたいことに今四人目の市長様が、自分の経験談を交え、古き偉人の言葉を引用しつつ、我々に社会に出るための心構えを説いてくださっている。この体育館に犇く生徒のいったい何人が、真面目にこの話を聞いてるんだろうね。甚だ疑問だ。
と、俺が強力なスリプル魔法に負けそうになっていると、ようやくお偉い様方の訓示が終わった。続いて在校生の送辞、卒業生の答辞、最後に国歌と校歌の斉唱を持って、卒業式が終わる。
腰が痛くなってきたので体勢を変えていると、在校生と卒業生の代表が壇上に上がっていくのが見えた。その片割れの生徒が何か見たことのある奴だなと思ってよく見ると、それもそのはずで、いつもの0円スマイルではなく引き締まった顔をした司馬であった。
確かにこの卒業生一同の中で、進学先最高学歴は奴であろうが、卒業生代表として答辞をするなんて一言も言ってなかったぞ。水臭い奴め。
ちょっとしたハプニングもあったが、無事に卒業式が終わった。
教室に戻ると、女子を中心に早速カメラやアルバムを取り出して、最後の思い出作りに勤しみ始めた。どこかのクラスでは歓声とともに、ヒューという野次まで聞こえてきた。
俺はと言えば、冷え切った椅子と一体化し、窓からの景色を眺める冷静かつ風雅な卒業生を――
「よ、夢原。お前とは長い付き合いだったが、それも今日で終わりだな」
俺の独白を邪魔してきたのは、五月の尻に敷かれているドM男、五十嵐であった。
「俺は一向に問題ない。寧ろせいせいしてるところだ」
するとどういうわけか、五十嵐は訳知り顔で頷き返してきた。
「まぁまぁ、そう悲しむなって。皮肉は日常茶飯事だもんな」
しかも俺の肩に手を乗せてきた。やめろ、ドMがうつる。
「そういや五月から聞いたんだけど、今度祝賀会やるんだって?」
「みたいだな」
「今朝司馬のとこに行ってちょっと話したんだが、司馬の友達の親がカフェやってるんだってな。凄いよなぁ、商社マンから料理長に転職だもんなぁ」
随分詳しく聞いたらしいな。だが若干の語弊があるぜ。
「やってるんじゃなくて、これからやるんだろ」
「でさ、その友達ってのが、お前の大学と同じらしいぜ」
聞いちゃいねぇ。しかし司馬の友達が俺と同じ大学か。望と一緒だから一人ぼっちになることはないが、知り合いは多い方がいいからな。それなら好都合かもしれん。
「それが結構ナイスガイなんだとさ。望ちゃん取られんなよ」
「うっせーよ、ドM。自分の心配しとけ」
俺はそう言いながら、黒板の辺りで女友達と談笑している望を盗み見た。
「ま、学校は違えど、これからもよろしく頼むぜ」
五十嵐はそう言い残して席に戻った。数秒後、複数の親たちとともに鈴木教諭が教室に入ってきた。何やら廊下が騒がしくなっていたのは、体育館から親たちが移動して来たからか。
ちなみに俺の親は来ていない。父親は仕事だし、母親はあんまり身体が強くないから家に居るはずだ。望のご両親が来ているなら、挨拶するのは吝かではないのだが。
などと考えていると、いつも以上に真面目な顔の鈴木教諭が、いつも以上に手短に俺たちに祝いの言葉と、少しのエールを送ってくださり、あっさりとホームルームが終わった。
卒業式とは言っても、あっさりしすぎているというか何だかいつも通りで、これで皆別々の道なんだな、という気はしないものだ。卒業してからしばらく後に思ったことだった――