メモリアルリミット 〜Limit of memories〜

Back Novels Next


〜第6章 Newcomer〜


 俺の嫌いな奴の条件三ヶ条はナルシスト、自己顕示欲の強い奴、女を泣かす奴である。そしてこのクソ野郎は初対面で、既に前者二つの条件に該当している。しかも望の手にキスまでしやがった。
 出会い方としては断トツで過去最悪の部類に入ることは間違いない。
 当の望は軽く口を開けて呆気に取られていたようだが、悠長に観察している余裕などなかった。俺はこの黒尽くめのカラス野郎に罵声を浴びせることしか頭になかったからな。
 だが俺がドスを利かせようとした瞬間、野郎の背後から女性の声が降ってきた。
「あんたも懲りないわねぇ。いい加減にしたら?」
 声の主はブルーのドレスに真っ赤なヒールを履いていた。それらの原色が白い肌を淡く引き立てている。この男がカラスなら、この女性は白鳥といったところか。
 女性の非難に対し、野郎はゆっくりと望の手を戻すと、立ち上がりながら空いた手をポケットに入れる。緩慢な動作は気だるさを象徴しているようで、不満そうに振り返った。
「これは俺流の作法だ。口出しするな」
 これが作法って、いつの時代の貴族だよ。
「あんたの作法は他の人から見たら無作法なのよ、バカ」
 派手な衣装の女性が俺と望に交互に視線を送ってきた。衣装にばかり気を取られていたが、なかなかの美人だ。大きいが気の強そうな目、凛と結ばれた唇、そして望以上に長く艶のある黒髪。端整な顔立ちとはこういう女性を言うのだろう。それに初音さんとはまた別ものの気品を備えている。
「ごめんなさい、祐一が失礼なことして。悪気はないのよ」
 反応に窮して視線を泳がせていると、いつも以上にニヤケ面の司馬と目が合った。そうだ、事情を呑み込めていそうなお前が説明してくれなきゃ収拾がつかねーだろ。
 俺の目配せが通じたのか、司馬が咳払いをして一歩前に出た。
「いや、驚かせてすまなかった。紹介するよ。彼は桜木祐一、この店の主人の一人息子で、俺の友人さ。そちらの美しい女性は九条麻衣さんだ」
 
 要するにそういうことらしい。今日の祝賀会に招待してくださり、料理までご馳走してくださるのがこの無礼男のご両親という手前、非常に不服極まりないが同席するより他ない。
 しかしそれならそうと、司馬だって先に言ってくれりゃあいいのに。こっちだって心の準備さえ出来ていれば、無駄に不愉快になることもなかっただろうが。気遣いが足りん。
 イラつく野郎どもから目を逸らし、奥のカウンター席を見ると、苦笑いを浮かべてちょこんと座っている初音さんが目に入った。妙な新参者の登場で、すっかり萎縮してしまっている。せっかく蓬色の美しい着物を着ているのに。ひょっとしたら初音さんも同じことをされたのか。だとしたらますます許せん。
 ともかく桜木から少しでも遠ざけようと、俺は望の手を引っ張って、四人掛けの手近なテーブル席に座らせる。俺も隣の席を乱暴に引くと、そこに腰を落ち着けた。
 望は落ち着かない様子で、手を握ったり開いたりしている。俺に何か言いたそうな感じだが、イラついているみたいだから今はやめとこうか、みたいな雰囲気である。
 どうしたもんかと思っていると、テーブルに細い影が落ちた。
「向かい、いいかしら?」
 顔を上げると、向かいの席を指してにこやかに微笑む九条さんがいた。
「どうぞ」
 断る理由がない。無意識にぶっきら棒な声になってしまったが。
「ありがとう。さっきはごめんね。驚いたでしょう?」
 九条さんは俺の返事に気にした様子もなく、既に望に視線を移していた。 
「ええ……あの、九条さんはあの人とはどういう……」
 望は曖昧に頷き、慎重に質問した。
「あぁ、あいつとは小学生の時からの腐れ縁なんだけどね。女の子相手にはいっつも紳士気取っちゃって。男には何の興味も示さないくせに」
 淀みない口調が実に清清しい。ということは九条さんとあいつは幼馴染なのか。
「しかも憎たらしいことに、それなりに整った顔してるでしょ? だから真面目な女の子が引っ掛からないように、あたしがお目付け役を買って出てるのよ」
 九条さんが身体を捻ってカウンター席を見たので、俺もつられてそっちを見た。
 司馬が何か喋っていて、初音さんが控えめに笑い、桜木が相槌を入れている。
 確かにファッション雑誌の表紙を飾れそうな容姿である。見た感じ背も高いみたいだし。だからこそこっちとしては余計に腹立たしいわけで、俺は自分より格好のいい優男が最も嫌いなんだ――


Back Novels Next