俺が苦虫を噛み潰したような顔をしていたからか、九条さんは口に手を当て、
「あ、一方的に喋っちゃったよね」
悪戯を見つけられた少女のような表情で言った。そういうところはあどけない。
「司馬君から話には聞いてたから、どんな人たちなのかなぁって、ずっと興味があったから」
「司馬の奴が変なこと言ってなきゃいいんですが」
俺は大袈裟に肩を竦めて言った。あのお喋り偽善者め。こっちにも情報を寄越せよ。
「ふふっ、あなたたちも幼馴染なんでしょ? 司馬君はカップルの鑑だって言ってたわ」
「そ、そんなことはっ」
途端に望が首を横に振る。カップルの鑑ね。買い被りすぎだな……少なくとも俺は。
「あたしも君みたいな幼馴染が欲しかったな。祐一じゃ話にならないから」
九条さんが俺を見て慨嘆口調で言う。もちろん悪い気はしない、というかむしろ嬉しい。
「なーんてね。大丈夫、あなたから彼を奪おうなんて気はないわ」
すると望が閉口したからか、おどけた調子で九条さんがはにかむ。
実にいい。両手に花ってのはこのことだろう。会話ってこんなに楽しいものだったっけ。
荒んだ心がリカバリーしていくのを実感していたところ、いきなり司馬が大きな声を出した。
「しまったっ。五十嵐たちを迎えに行くのすっかり忘れてたっ」
言うが早いか、司馬は慌てて飛び出して行ってしまった。
腕時計に目を落とすと、十一時四十五分になっていた。約束の時間は十二時だから、あと十五分か。そもそも出迎えに行く必要もないと思うんだけどな。ご苦労なことだ。
「ところで、九条さんは司馬とはどういう関係なんです?」
司馬を見送った後、俺は最も疑問視していたことを尋ねてみた。
「あー。えっとね、話せば長くなるんだけど、簡単に言えば予備校仲間かな」
予備校と言えば、司馬は某大手のK塾、難関国立クラスに在籍していたはずだ。
「司馬君は予備校の模試でも常にトップクラスだったわ。私立狙いのあたしたちが太刀打ち出来るような成績じゃなかったんだけど、祐一が負けず嫌いでね。特に日本史は自分が一番だって自負があったみたいで、それから司馬君と抜きつ抜かれつしていたら、いつの間にか親しくなってたって感じかな」
「それを言うならお前だって英語はそうだっただろ」
振り返ると、桜木がポケットに手を入れて壁に寄りかかるように突っ立っている。司馬がいなくなって初音さんと二人で話すことがなくなったのか、俺たちの会話を聞いていたらしい。
「あら、あたしは司馬君を目標にしてただけ。あんたは対抗意識丸出しだったでしょ」
九条さんの反撃に、桜木はげんなりとした様子で横を向いた。
「あ、そういえば桜木さんは私たちと同じ大学なんですよね」
そういや五十嵐がそう言ってたな。望に話したのは俺だが。
「司馬に聞いたんですか」
「え、そうなの? じゃ、あたしも一緒よ。何だ、早く言ってくれればよかったのにっ」
望が頷くと同時に、九条さんが間髪入れずに割って入る。桜木は憂鬱そうに口を閉ざした。
なるほど。だんだんとこの二人の力関係が分かってきた。桜木は口では九条さんには勝てないようだ。この辺りは五月と五十嵐の関係にちょっと似ているかもしれない。
その後学部の話になり、同じ文学部ということで、望と九条さんが意気投合し始めた。ちなみに望は日本文学科で、九条さんは英文科だという。これは少し長くなりそうだ。
何気なく後ろを向くと、同じく話相手をなくし、足をぶらぶらさせている初音さんが目に入った。そういえば今日はまだ初音さんと話をしていないな。
それに後ろ姿がどことなく寂しそうに見えたから、俺は声を掛けようと席を立った――