メモリアルリミット 〜Limit of memories〜

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〜第11章 Preparation〜


 望と出掛けてから三日が経っていた。今日は司馬と買い物に行くことになっている。
 何が悲しくて男二人で買い物なんかに行かねばならないのかと思うが、入学式のためにスーツを買うという名目がある以上、俺も重い腰を上げざるを得ない。
 まだ高校生という身分に些かの感傷的気分を覚えている俺としては、出来ればもう少し先送りにしたかったのだが、入学準備を急かす母親の言葉にもいい加減耳に胼胝が出来始めていたし、司馬とは一度例の祝賀会の件で積る話もあったので、やむなく誘いに乗ることにした。
 駅の駐輪場に自転車をとめ、待ち合わせ場所の本屋――本屋を指定するところが司馬らしい――に向かうと、重そうな哲学書を立ち読みする司馬を発見した。
「相変わらず三度の飯より本が好きなのか」
「あぁ、食欲よりも知的好奇心の方が強いね」
 背後霊の如く気配を消して、突然声を掛けたのに、司馬は何の動揺も見せずに振り返ってそう言った。こいつほど驚かせ甲斐のない奴もそうそういない。
「俺はどっちかというと睡眠欲が一番だけどな」
「そうだな。でも春崎さんといる時はどうかな?」
 ……どういう意味だ。それに薄気味悪い笑い方するなよ。
「まぁそんなことはともかく、さっさと目的を済ませよう」
 俺が真意を測る余裕さえ与えず、司馬はすぐに踵を返した。

 二階の紳士服売り場に移動すると、司馬は早速一着のスーツを手にした。黒の上下セット、しかし値札を見るとかなり高額だ。メーカーを見るとブランド物だった。
 入学式で着た後、次に出すのはおそらく就活の時だろう。どうせその間放置することになるんだから、安物で十分だ。司馬もそう思ったのか、苦笑いを隠そうとしなかった。
 その後別々に物色すること約三十分。俺は濃紺の上下セットで二万という、なかなかの手頃品を見つけた。試着してみると上はぴったんこカンカン、下は多少裾直しが必要だが、まぁこのくらいは仕方がない。ついでに白いYシャツ、銀と水色のストライプのネクタイを買い物籠に放り込んだ。
 大方の物色を済ませて司馬を探すと、ちょうど寸法を測り終えたところだった。
「どうやら決まったみたいだな」
「あぁ、バッチリだ」
 満足気な顔をしていたから返答を聞くまでもなかったぜ。
 二人して支払いのためにレジに向かう。裾直しにかかる時間を尋ねると、一時間程度で出来るらしい。てっきり三日くらいかかるのかと思っていたから嬉しい誤算だ。
「一時間なら食事をしている間に済みそうだ」
 司馬の言葉につられて腕時計を見ると、まもなく十二時になるところだった。

 さて。支払いを済ませた俺たちは、裾直しをお願いしたスラックスとともに他の荷物も預かってもらい、食事のために一階に降りてきた。さすがに昼時とあって混雑している。
 どうにかこうにかオーダーを済ませ、席に着いたのは更に三十分後のことだ。テーブルの上には、ハンバーガー、ポテト、オレンジジュースが二つずつ置かれている。
 同じものを頼むなとは言わないが、全く同じものって言うのは何だか調子が狂うというか何というか……。まぁしかし、久しぶりにファーストフードというのも悪くない。
「で、メールで言ってた積る話というのは?」
 俺がハンバーガーの包みを開けていると、司馬が聞いてきた。やけにせっつくな。
「祝賀会の時にお前が連れてきた野郎だ。何なんだあいつは」
「だと思った。面白い奴だろ? それともまだ根に持ってるのか?」
 全く面白くない。あいつと四年間も同じ大学とか、考えただけで憂鬱になる。
「まぁまぁ、そんなに不貞腐れた顔するなよ。感情表現が得意じゃないだけで、根は真面目でいい奴なんだ。そういうところは夢原に似てると思わないか?」
 俺は初対面の女にあんな真似はしないし、共通点など断じてない。
「ともかくああいう奴を連れてくるなら、先にそう言ってくれりゃあいいだろ」
 すると司馬の奴は事も無げに、涼しい顔でこう言いやがった。
「いやぁ、夢原がどういう反応を示すのか、凄い興味があったからさ」
 こいつ、喧嘩売ってるよな。殴っても罪にならないなら殴りたい、今すぐに。
 その後、初音さんとはどうなってるんだとか、大学受験はマジでキツかったとか、とりとめのない話を無駄にし過ぎたおかげで、気が付いたらハンバーガーはすっかり冷えていた――


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