結論から言おう。授業内試験は果てしなく微妙な出来に終わった。やはり先週の板書漏れが響いたのだろうか。幸い授業は一度も休んでいないし、少なくとも単位は取れていると思いたい。
後ろの席に座っていた名も知れぬ生徒は、試験開始と同時に問題用紙を一瞥し、両腕を枕に寝る体勢に入っていた。ある意味尊敬に値する潔さだが、さすがにそれはちょっとどうかと思う。
あいにく俺は親に払ってもらった学費を無駄にしたら罪悪感を感じるくらいには真っ当だ。だったらもうちっと本腰を入れて勉強しろ、ってのはまた別の話だ。自覚はあるから問題ないだろう。
何はともあれ、年内の授業と一部の授業内試験も今日で終了だ。来月半ばには本格的な試験期間が待っているとは言え、明日からは待望の冬休みである。胸が躍るのも当然じゃないか?
それに俺には心待ちにしているイベントがある。言い訳にするつもりは毛頭ないが、それをいかようなものにするか熟慮するあまり、試験勉強に割く時間が相対的に減っていたくらいさ。
何を隠そう、明日は望の誕生日であり、久々に二人きりのデートである。悩みに悩んだ誕生日プレゼントもどうにか用意したし、奮発してホテル内にあるレストランも予約したし、デートの段取りも頭に入れてある。ディナーの後は夜景を見ながらそっと抱きしめて――ふっ、脳内計画は完璧だ。
いかん。顔の筋肉が完全に弛緩していたらしい。すれ違った二人組の女子生徒が何か薄気味の悪いものを見るような顔をしていた気がする。変な噂が流れる前に真面目な俺に戻ろう。
さっき行われたばかりの試験の記憶は空の彼方へ飛ばし、明日の計画を頭の中でチェックしながら帰路に着く。大学を出て駅までの道を歩いていると、ズボンのポケットの携帯が振動した。
取り出してディスプレイの表示を確認すると、望からの電話だった。
『もしもし? 深也?』
携帯を耳にあてると、心地の良いラブリーボイスが俺の鼓膜に響く。
「おう、望か。どうした?」
『うん……今平気かな。もう講義終わった?』
「ん、今帰り道だけど。何かあった?」
俺は言いながら先程までの高揚感が急激に萎んでいくのを感じた。何だか歯切れが悪い。あまりいい話ではないな、と俺の第六感が告げていた――というのは若干後付けだが。
『うん……実は明日のことなんだけど、ちょっと熱があって、行けそうになくなっちゃって……』
少し言いよどむ気配がした後、望は言いにくそうにそんな風に言った。
「……そうなのか。あの、大丈夫なのか?」
我ながら声が沈んでしまう。いかん、望に悟られると気にするからな。明るく、明るく。
『さっき風邪薬を飲んだから大丈夫。ほんとにごめんね、明日楽しみにしてたんだけど……』
バレバレだったようだ。長い付き合いだからな、この程度は簡単に見透かされるか。
「いや、気にすんなって。それより早く治してくれよ。望は元気な姿が一番だからさ」
『ん、ありがと。今度埋め合わせさせてね』
「そんな、いいって。それより前もこんなことあったよな。まだ小学二年くらいの時に」
望が心底申し訳なさそうな声を出すので、俺は早口で話題を変えた。
『そうだったかなぁ……深也、よく覚えてるね』
「そうだよ。誕生日だってのに、あの時も望は熱出してた」
そうだ。あれは確か俺の転校が決まる少し前のことだった。あの年の誕生日が俺たちの過ごす最後の望の誕生日になるはずだった。でも俺たちは何かの縁で再会して、今こうして付き合っている。
『ごめん、あんまり覚えてないの。そろそろ切るね』
何気なく思い出した大切な過去を大脳の長期記憶BOXに移そうかと考える前に、あまり元気のない望の声が返ってきた。まぁ、熱がある時に過去の思い出話をしても思い出せないよな。
「あ、悪い。あんまり無理しちゃダメだぞ。温かくして寝てな」
『うん、心配かけてごめん。また掛けるね』
「ん、またな」
俺は電話を切り、携帯をポケットにしまってから夕闇の迫る空を見上げた。淡く白みがかった灰色の雲が一面に広がっている。雪が降り出しそうなほど空気は冷え込んでいたが、心なしかさっきよりも寒くなったような気がした。俺は冷えた手をコートのポケットに突っ込み、駅へ急いだ――