彼と出会ってから二週間が過ぎた。最初の一週間こそ姿を見せなかったけど、この一週間はほぼ毎日来てくれている。彼がどうして私にそこまでしてくれるのかは分からない。
とにかく、不思議な人だ。私は窓の外を見るのをやめて、彼の方に目を戻した。
「ん? どうかした?」
私が見ているのに気付いて、彼は手元の本から顔を上げた。私はかぶりを振る。
彼は一つ頷いて本に戻る。彼が読んでいる単行本の表紙がちらっと見えた。『最新脳医学のすべて』――もしかしたら私の病気のことについて、何か調べてくれてるのかな?
私も自分の病気について調べたことがあった。でも難しい医学書に書かれている内容はほとんど分からなかったし、調べているうちに怖くなって、いつしか読むのをやめた。
――彼はどうして赤の他人である私のために、そんなに熱心なんだろう。ひょっとしたら、私と彼は友達だったのかな。残念ながら今の私には友達に関する記憶が全くない。病室から出ることもほとんどないから、病院にも友達はいない。それに作ったとしても、どうせ忘れてしまう。
でも、夢原深也――彼に関してはそう思えなかった。彼が来てくれることを心の何処かで待っている自分がいる。そのことに気付くのは難しくなかった。ただ、この感情は上手く説明できない。懐かしいような、切ないような、妙な既視感。変なの、それとも私は寂しいだけなのかな?
この一週間、彼は色々なことを話してくれた。昔住んでいた雪国のこと、その時幼馴染がいたこと、引越しで離れ離れになってしまったこと、でも高校生の時に再会したこと、その幼馴染と付き合うようになったこと、今は喧嘩中でそれっきりになってしまっていて謝りたいこと。
司馬君という勘のいい親友がいること、初音さんという歌の上手な友達がいること、五十嵐君というどこか憎めない友達がいること、五月さんというちょっと気の強い友達がいること、桜木君というぶっきら棒な友達がいること、九条さんというすごいお嬢様の友達がいること。
皆でパーティーをしたこと、バーベキューをしに海に行ったこと。それらの話の全てが、私にはとても楽しい話だった。まるで私も一緒に体験してきたように感じるほどに。
そうやって一頻り話をしてくれた後、彼は決まって本を持ち出して読み耽る。今日みたいに難しそうなタイトルの重そうな本のこともあるけど、薄めの文庫本のこともある。
そういう時はこの作家がおすすめだとか、最近読んだ面白い小説の話とかもしてくれる。私も退屈しのぎに本を読むことが多いから、今度薦めてくれた本を探してみようかな。
そういえば一つだけ気になることがあった。彼は幼馴染の子の話をしてる時だけ、少し寂しそうに伏し目がちになっていた。喧嘩したままになってるって聞いて、それが理由なのかなって思ってたんだけど、何となく違うような気がした。根拠はないから、単なる直観なんだけど。
その時、静謐な室内にバイブレーションの籠った振動音が響いた。ちょっとごめん、と言いながら彼はズボンのポケットから携帯電話を取り出し、液晶の表示を確認した。特に急ぐ用ではなかったのか、彼はすぐに元のポケットに戻したけど、私の目はその携帯に釘付けになった。
正確には携帯に付いている、透明なイルカのストラップに。同じだ、私のと――
「あ、あの。その携帯に付いてるストラップ……」
彼のポケットを指差し、私は躊躇いつつも指摘する。
「え? あぁ、これは……」
彼は一瞬虚を衝かれたように目を開いた後、答えに窮して言い澱む。
「あら? 夢原君、来てくれていたのね」
沈黙を破ったのは彼ではなく、ちょうどお見舞いに来てくれたお母さんだった。
「あ、はい。こんにちは。お邪魔してます」
「夢原君、ちょっといいかしら。よかったら話しておきたいことがあるの」
椅子から立ち上がって丁寧に挨拶する彼に、お母さんは囁くようにそう言った。
「話したいこと、ですか。俺は構いませんが」
「望、ちょっと出てくるから待っててくれる?」
私が頷くのを確認してから、お母さんは彼と一緒に部屋を出て行った。
二人の後ろ姿を見送った後、私は一人で考える。あのストラップはただの偶然、なんだろうか。もし偶然ではないとしたら、彼が話してくれた幼馴染っていうのは、まさか――