メモリアルリミット 〜Side memories〜

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〜第2章 男は黙って謝罪〜【五十嵐side】


 やべえ。マジやべえ。来週には九条さん主催の祝賀会第二弾が開催されるってのに、佳織に口も利いてもらえない状態で参加するってのはさすがにヤバすぎるだろ……。
 俺はかつてないほど焦っていた! 俺はかつてない危機に直面している! そんな俺の生き様に痺れるゥ! 憧れるッ! 人がいるなら、今すぐ此処に来て俺を助けてくれ。
 たぶんいないと思うので、俺は唯一無二の親友、夢原に電話で助けを求めた。その結果、どうやら俺がポカをやらかして佳織を怒らせてしまったらしいことが判明した。
 サークルの飲み会で女友達に奢ってあげたら、佳織とのデート代がなくなってしまい、佳織に奢ってもらったことを思い出した。金欠だったんだからしょうがないじゃん!
 夢原からさっさと誠心誠意謝罪すべき、というありがたいお告げをいただいたので、俺は早速佳織にメールを送った。こういう時は手短に伝えるべきだ。内容はこうだ。
『大事な話があるから、会って話したい。これから××駅前で待ってる。』
 男には時として恥も外聞も捨てて、どうしても謝らなければならない時がある。場合によっては土下座も厭わない、ゴミクズになる覚悟を持ち合わせなければならない。
 おい、ゴミクズって言うな! 自覚はあるけど他人に言われるとムカつくんだよ!
 さて。これから待ってる、とか言っといて佳織より後に着いたんじゃ話にならないぜ。俺はウサイン・ボルトの持つ世界記録を打ち破るべく、超特急で準備を済ませた。

 ××駅前は佳織の自宅の最寄り駅前でもある。健気に佳織を待つには一番それっぽいシチュエーションなんじゃないだろうか。腕時計に目を落とす。まもなく正午になる。
 一時間が過ぎた。まだ佳織は現れない。寒い。手足が冷える。まだ二月だもんな。
 二時間が経った。まだ佳織は現れない。腹が減った。そういえば昼飯がまだだ。でもこの場を離れている間に佳織が来たら、ここまで待っていた意味がなくなってしまう。
 三時間が過ぎた。まだ佳織は現れない。携帯を開いてみるが、電話もメールもない。きっと佳織は俺の誠意を試してるんだ。そうに違いない。それなら俺は待つしかない。
 四時間が経った。まだ佳織は現れない。さすがに心配になって佳織にメールを打った。しかし応答はない。どうしたんだろう。まさか事故に遭ったんじゃないよな……。
 そして、午後五時の鐘が鳴った。まだ佳織は現れない。俺の最多待ち時間を更新した。俺は居ても立っても居られず、佳織に電話を掛けた。三回目のコールで繋がった。
「佳織! 今何処にいるんだ! 心配したんだぞ!」
『はぁ、はぁ……今、あんたの、後ろに……』
 振り返ると、走って来たのだろうか。息も絶え絶えに肩で息をする佳織が、携帯を耳に押し当てながら駆け寄って来た。そして、思いっ切り頭をゲンコツで叩かれた。
「いってえ! な、何すんだよ、いきなり!」
「あのねえ……今日はバイトがあるからって言ったでしょ! もう忘れたの?」
 佳織は呆れたように言った。あっ。そういや、そんなこと言ってたかも……。
「ホント、あんたってバカね。まあいいわ、カラオケ行くわよ、カラオケっ」
 え? 今から? いや、だって佳織さん、バイトの後でお疲れなんじゃあ……。
「何よ、その目は? 何か文句あんの?」
 いえ、滅相もありません。喜んでお供させていただきます。
「じゃ、さっさと行くわよっ」
 呆気に取られる俺を残し、佳織は大股で歩き出す。俺は慌てて佳織の後を追った。

 平日の夕方ということもあって、駅前のカラオケボックスは予約なしでも入れた。
 佳織は意気揚々と二時間、食事付きドリンク無料コースを選んだ。何かいつの間にか此処で食事もすることになってるし。俺、金欠だからそんなにお金ないんだけど。
 部屋に案内され、佳織は店員にドリンクバー、おにぎりセット、焼きそばを二つずつ注文した。一応俺の意見も聞いてくださいよ。俺が頼もうとしたやつだったけど。
 店員が出て行くと、ようやく二人だけの空間が訪れる。俺は無意味に焦った。本来の目的を忘れかけていたが、今日は佳織に誠心誠意謝罪しようと思ってたんだった!
「それで、話って何?」
 佳織は厚手のコートを脱ぎ捨て、おしぼりで手を拭きながら聞いてきた。
「あ、えと、その……この間のことなんだけど、さ」
「この間のことって、いつのことよ」
 俺は噛みまくりつつ、話を始めた。佳織は苦笑いを浮かべて聞き返してくる。
「えっと……一ヶ月くらい前に、ほら。佳織にデート代を奢らせちゃっただろ? それで、その後連絡しても全然反応がないから、怒ってるんじゃないかと思って、それで……」
「それで、あたしが怒ってるから謝ろうと思って、こんなになるまで待ってたの?」
 そう言って佳織は俺の手を取った。五時間も外で待ってたから、指先は真っ赤だ。
「あ、ああ……せっかく久しぶりのデートだったのに、俺、本当ごめん」
 男は言い訳はしないもんだ。俺は素直に頭を下げた。正直、ビンタは覚悟してた。

「佳織……?」
 反応がない。佳織は伏し目がちに何かを考えていたかと思うと、握っていた手を置き、俺の傍を離れた。そしてさっき脱いだ自分のコートを持って来て、俺にかけてくれた。
「そりゃ、最初はちょっとムッとしたけど……もう怒ってないよ、そんなこと。ここんとこ、今月中に仕上げなきゃいけない大学のレポートとか、バイトとかで忙しかったから、ちょっとあんたのメールとかおざなりにしちゃってた。あたしの方こそ、ごめんね」
 俺は今度こそ言葉を失った。あの佳織が、こんな風に謝ってくるなんて。これまでもこの先も、二度とないと思う。俺は夢でも見てるのか? それとも日本沈没の前兆か?
「ていうか、こんなになるまで待ってくれてた人、怒れるわけないでしょっ」
 佳織は照れ隠しのつもりか、今度は大きな声で言った。耳まで真っ赤にして。
「佳織……」
 俺はそんな佳織の様子に胸がときめいた。いつもときめいてるけど、今日は特に。
「えっ。ちょっと、透……」
 俺は佳織の肩を抱くと、目をぱちぱちさせ真っ赤になってる佳織に顔を近付ける。
「お待たせしま……した……」
 その時不意に、ガチャリとドアを開け、タイミングよく店員が部屋に入って来た。
「あ、あ、えと、どうも……」
 俺たちは慌てて離れた。店員はドリンクと料理を置いて、そそくさと出て行った。
「えっと……さあ、今日はどんどん食べて、どんどん歌うわよっ」
 空元気だろうが、佳織は気を取り直すと右手を天井に突き上げて、そう宣言した。
 ――はいはい。もちろん何処までもお供致しますよ、俺だけのプリンセス。


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