七月に入った。今年の梅雨は平年に比べて短かったような気がする。梅雨が終わると、すぐに夏がやってくる。鬱陶しい梅雨の後の気持ちの良い夏が、あたしは好きだった。
けど、今年はそんなに嬉しくない。あたし自身が鬱々としているからだと思う。
あたしらしくない。そんなことは分かってる。ああ、何か自分にムカついてきた。
あたしは自分の髪の毛に手をやって、くしゃくしゃと掻いた。気分転換にどっか行こうかな。休日は銀座や原宿でウインドウショッピングするのがあたしの趣味の一つだ。
思い立ったが吉日、あたしは出掛けようと携帯を手に取った。ん? 左上の着信ランプが点灯している。新着メールが一件。誰からだろうと思って開けると、祐一からだった。
基本的に祐一の方から連絡してくることはほとんどない。出不精だし、連絡不精だし、面倒くさがりで不貞腐れた顔ばかりの祐一が何の用だろうと思って本文に目を通す。
『暇だからドライブに行く。お前も来い。十時半に迎えに行く』
腕時計に目を走らせると、午前九時を過ぎていた。唐突に何を言い出すのかと思えば、あたしの予定も聞かずに暇潰しの相手をしろってこと? もう、ホント勝手なんだから。
大体デートの誘いなら、もっとそれっぽく良い雰囲気を出して誘いなさいよね――と一瞬考えて、祐一がそんな誘い方をしているところを想像したら気持ち悪いだけだった。
まぁいいか。あたしも暇だったし。あたしは了解、と返事を打った。
家の前に車が止まる音がした。一拍遅れてクラクションの音が聞こえる。十時ちょうどだ。アレで時間には正確だから面白い。そういうところは司馬君に似てるのよね。
「何処に行くつもりなの?」
祐一ご自慢の黒のスカイライン。その助手席に乗り込んで早々、あたしは聞いた。
「特に決めてない。希望はあるか?」
あたしも特に希望はない。首を横に振った。祐一は一つ頷いて、車を発進させた。
車内ではほとんど会話をしない。祐一は運転中に気を散らされることを好まない。この辺は幼馴染特有の阿吽の呼吸ってやつだと思う。かれこれ十年以上の付き合いだもん。
良くも悪くも、顔を見ればお互いに言いたいことが分かってしまう。あたしは祐一には気を遣わなくて済む、とポジティブに考えてるけれど。幼馴染とはそういうものだ。
何処に行くのかな、と窓の外に視線を移す。首都高速に入り、遠くにレインボーブリッジが見えてきた辺りで行き先に目星が付いた。何てことはない、いつも通りだった。
行き先を決めていない時、祐一はとりあえずお台場方面に向かうことが多い。レインボーブリッジを通るルートは道が空いていれば橋上から海が見えてすごく眺めが良い。
そして毎回のことながら、あたしはまじまじと外の景色に見入る。そんなあたしの様子を見て、祐一は腹立たしいことに片頬だけで笑う。子供みたいだな、と言いたげに。
「どっかで昼飯にするか」
独り言のつもりだったのか、あたしの返事を待つことなく祐一はハンドルを切った。
結論から言うと、本当にいつも通りだった。飾り気のないファミレスでお昼を食べて、祐一に上手いこと乗せられてボーリングをやって、よく分からないイベントを覗いて。
ただ一つ、いつもと違ったことは――祐一がこんなことを提案してきたことだった。
「たまにはアレ、乗ってみるか?」
祐一が指差す方向には、お台場の大観覧車。あたしは思わず吹き出していた。
「どういう風の吹き回し?」
驚いたり呆れたりを通り越して、笑うしかない。お台場に遊びに来ても、祐一が観覧車に乗ろうなんて言ってきたことは一度もなかった。それどころか頑なに拒否するのに。
「別に。単なる気紛れだ」
そう言って背を向けると、祐一はさっさと歩き出す。しょうがない、行ってやるか。
五分ほど並んで歩き、大観覧車の下に辿り着くと、係員にお金を渡して二人で乗る。
祐一は窓枠に肘を載せ、さらに頬杖を付いた。詰まらなそうに見せてるけれど、実は高所恐怖症を取り繕ってるだけだ。あたしにそんなポーズをしても無意味なのにね?
「……麻衣。今日は楽しかったか?」
すると、祐一はいつになく真面目な声で言った。その視線は窓の外に固定されたまま、いつものちょっと捻くれた表情だ。けど、こういう時の祐一は冗談を言ったりしない。
「お前さ、ここんとこ元気なかったろ。そういうお前を見てるとさ、なんかこう……上手く言えないけど、すげえモヤモヤするっていうかさ。俺まで何か調子が狂うんだよ」
あたしが困惑していると、祐一はぽつりぽつりと語る。今日あたしを誘った理由を。
「夢原のことだろ? あいつも彼女のことで、最近元気ないからな。俺には分かる」
ああ、やっぱり幼馴染なんだな――バレちゃってるや。変なところに鋭いんだから。
自分でも分かってた。ただ直視することを避けて、目を逸らし続けていただけだ。あたしは夢原君のことが、好きなのかもしれないってこと。ううん、確かに惹かれていた。
でも彼は別の女の子に良い顔したり、ましてや彼女を裏切るようなことは絶対にしない。あたしが見込んだ男の子だもの。彼の見ている先には、いつだって望ちゃんがいる。
振られちゃったのかな、あたし。気持ちを伝えてもいないけど。伝えることはきっとこの先、永遠にないだろうけど。あたし一人の秘密にするはずだったに、祐一のバカ。
「……俺じゃ、ダメなのか?」
正直ドキッとした。顔を上げると、祐一はじっとあたしのことを見つめていた。
「なっ、何……言ってんの?」
噛んだ上に尻すぼみになった。あたしとしたことが、祐一に後れを取るなんて。
「いや。ただ、俺はお前の笑ってる顔が好きなだけだ……なーんてな。驚いたか?」
えっ? あたしは呆気に取られて、目が点になった。まさか冗談だったの、全部?
「もうっ。びっくりするでしょ、そういうの。祐一のバカっ」
あたしは祐一にまんまと嵌められたショックで、見る見る頬が紅潮するのを感じた。
「なんだよ、本気の方が良かったのか?」
祐一はニヤニヤと小馬鹿にしたように笑った。ああ、もうっ。ホントムカつく!
でも――ありがと、祐一。心配してくれてたっていうのは、たぶん本当だよね? あたしは大丈夫だから。だって、あたしの隣には、無駄に素敵な幼馴染がいてくれるから。